「ねえ、あたしが来るまで二人は奥の部屋にいたようだけど……何かしてたの?」
その口調は、明らかに何かを咎めるような物言いだった。
「いや、何ってお前……飯食ってただけだよ」
どうしてそんなことを翠が気にしているのか、俺には全く理解できなかった。
まさか、自分が来たときに誰もいなくて対応してくれなかったことに怒っているわけではないだろう。さすがに、そんなことで怒るような奴じゃない。
「……ああ、なるほど」
だが、紗季先輩はまるで翠の言っていることを理解したかのように、優しく微笑んでいた。
「水菜さん。きみが心配しているようなことはないよ。だから安心したまえ。しかし、本当にきみはいい子だね」
「はぁ!?」
「そして、慎太郎くん。きみはもっと彼女に感謝しなくてはいけないよ」
紗季先輩の発言の意味がわからず困惑していると、翠は顔を紅潮させてますます怒り心頭といった様子で声を発した。
「な、なんであなたにそんなことを言われないといけないんですか!?」
「おや、違ったかい? 私はてっきり……」
「もういいですっ! あたし、帰ります!!」
そう言って、翠は本当に俺たちに背を向けて立ち去ってしまった。
最後に、扉を開ける際に振り返った翠の顔は、まるで羞恥心を隠すような複雑な表情をしていて、あんな翠の顔を見るのは、俺も初めてだった。
そして、翠が立ち去ったあと、紗季先輩は顎に手をつけながら、呟いた。
「ふむ、どうやら怒らせてしまったようだね。すまないが、フォローは慎太郎くんに任せるとしよう」
「えっ? なんで俺なんですか?」
今の様子だと、明らかに俺に対して怒っているようだったので、あまり関わりたくはないのだが……。
「きみにしかできないからだよ。だから、頑張りたまえ」
紗季先輩は、フフッと笑みを浮かべると、どこか楽しそうに俺のことを見つめるのだった。
結局、この出来事のせいで、俺は紗季先輩の家族について聞くタイミングを失ってしまい、その後はいつものように、課題をしたり、適当に本の整理をして時間を過ごしたのだった。