もしかして、聞いてはいけないことを聞いたのかと危惧したのだが、結局、その答えを聞けないまま、話は中断される。
何故なら、図書室から受付カウンターに置いたベルが鳴る音が聴こえてきたからだ。
「……誰か来たようだね。行ってくるよ」
そういうと、紗季先輩は席を立ったので、俺も先輩に倣って慌てて準備室から出て行く。
今から思えば、別に本の貸し出しくらいなら先輩一人で十分事足りるので、俺が出て行かなくても良かったのだが、結果的に、俺が出て行って正解だった。
「……翠?」
受付カウンターの前にいた人物は、俺の幼なじみである水菜翠だった。
「お前、どうしてこんなところに……」
「……何、いたら悪いの?」
今の翠は、赤いジャージ姿だった。ということは、部活中にわざわざこの図書室に来たのだろうか?
「慎太郎くん、駄目だよ。きみたちは幼なじみなんだろう? そんな冷たい態度をとっていたら嫌われるよ?」
紗季先輩は、子供を叱るような調子で俺を注意した。
それを聞いた翠は、また不機嫌そうに眉間に皺を寄せて険しい表情になっている。
しかし、紗季先輩はそれに気づいていないようだった。
「それで、水菜さん。ベルを鳴らしたということは、私か慎太郎くんに用事があったんじゃないのかい?」
「……課題図書を借りにきたんです。あるでしょ、図書室なんだから」
やや棘のある言い方に、俺は一瞬ムッとなりそうだったが、紗季先輩は気にした素振りも見せずに「ああ」と言って、親切な対応をする。
「課題図書なら、入ってすぐの棚に置いてあるから好きなのを選んでくれたまえ。そうしたら、私か慎太郎くんが貸し出しの手続きを済ませるよ」
「そうですか。じゃあ、適当に取ってきます」
一方、翠は不貞腐れた表情のまま、課題図書が置いてある本棚まで行くと、吟味することもなく、一冊の本を手に取って先輩に渡した。
「これでいいです」
まともにあらすじすら確認していなかったが、紗季先輩は何も言わず、翠から本を受け取って手続きを済ます。
「はい、どうぞ。返却は夏休みが終わってからで構わないよ」
紗季先輩が本を渡すと、翠はそれを受け取ったのに、今度は俺を見ながら口を開いた。