「……どうしたんだい、慎太郎くん?」

「えっ、な、なんですか?」

「いや、さっきから私の顔を気にしているようだったからね。何かあったのかと思って……おや?」

 と、そこで今度は紗季先輩が俺の広げている課題に目をやっていた。

「慎太郎くん、ここの数式、間違ってるよ?」

「えっ? そう、なんですか……?」

 どうやら俺のやっていた課題にミスがあったらしい。

 一応、俺の頭は大学四年までの知識が詰め込まれているはずなのだが、そのアドバンテージはあまり活かされていないらしい。

 というか、むしろ受験の頃の知識なんて今じゃあ殆ど残っていないので、もしかしたら今の俺は当時の高校二年生だった俺より知識が劣っているかもしれない。

 その証拠に、課題を進めるたびに悪戦苦闘し、最後には解いた問題に赤ペンでバツを付けるという空しい作業を繰り返していた。

「ああ、この問題で使う数式は……って、口で説明するよりも書いたほうがいいね。ちょっと失礼するよ」

 すると、紗季先輩は自分の机ごと俺に近づいてきて腰を据えた。

 その結果、俺の肩と先輩の肩が触れ、すぐそこに先輩の顔が見える距離まで縮まってしまう。

 先輩からは、花の蜜のような甘い香りがした。

「これはこの数式を使うんだ。そうしたら、このαに当てはまる数字がすぐに出てくるだろ? だから、そのあとは公式通りに――」

 先輩は俺がそんなことを意識してことも知らず、いつも通りに話しかけてくる。

 だが、心なしか先輩が話すにつれて、身体が密着する面積が多くなっているような気がする。

 今は夏で、当然先輩はブレザーなどを羽織っておらず夏服のカッターシャツ姿なので、先輩の柔らかい肌が、まるでダイレクトに俺の肌と触れ合っているようだった。。

「――という感じだね? わかったかい?」

「え!? ええ……なんとなく……」

 正直、それどころではなかったので全然頭に入らなかったのだが、せっかく教えてもらっているのに聞いていなかった、とは答えられない。

「こらこら、なんとなくじゃあ駄目だよ。こういうのは基本をきっちりと覚えておかないと」

 そして、紗季先輩は顎に自分のシャーペンをコンコンっと叩くと何かを閃いたように、いたずらな笑みを浮かべてこう告げた。