そんなことを考えながら、俺は長い坂道を登って学校に到着したのち、校舎裏にある駐輪場に自転車を止めて、目的地へと向かった。
校舎の中は、授業がある日と違って、人もいないし全く音がしない。
そして、その無音な空間の一番端に、図書室は存在している。
俺はいつものように扉に手をかけると、「ガラガラッ」と年季を感じさせる引き戸が動く音が奏でられる。
そして、開かれた扉の先に一人、彼女はいつものように返却カウンターに設置された椅子に座っていた。
「やあ、おはよう。慎太郎くん」
まるで、俺が来るタイミングを予期していたかのように、彼女は優しく微笑み俺を迎えてくれる。
今日もまた、紗季先輩の姿を見ることができて、ほっと息を吐く。
そんな俺の様子には、おそらく気が付いていないであろう先輩は読んでいた本を閉じてカウンターの机の隅に置いた。
そして、新たに自分の鞄から参考書を取り出して、机の上に広げる。
紗季先輩は俺が来たタイミングで読書から勉強に切り替えるらしく、ここ数日の先輩のルーティンになっていた。
「あの、先輩って何時からここに来てるんですか?」
そういえば、先輩が何時頃から来ているのか確認していなかったので、興味本位でそう聞くと、先輩は耳に掛かった自分の髪を手ですくような仕草をしながら答えてくれた。
「だいたい八時くらいかな? 暑くなる前に家を出たいからね」
壁に掛けてある時計を見ると、今はもう九時を少し回っている時間帯だった。
「なんか……いつもすみません。鍵の管理とかも全部任せちゃって」
「構わないよ。慎太郎くんが気にすることじゃないさ」
そう言って、紗季先輩は口角をあげてくすっと笑った。
「しかし、以前から思っていたことなんだが、きみは普段から少し謙遜しすぎじゃないかな? もっと遠慮せずに接してくれて構わないよ。特に、私が相手ならね」
いや、これでも、先輩相手には遠慮せずに自然体のまま接しているつもりなのだが、されている側はそういう風には思っていないらしい。
なので、少しばかり反論しようかと思ったのだが、先輩はこの話題に関してはもう締め切ったみたいで、今は参考書に集中しているようだ。
勉強の邪魔をするのも悪いので、俺も先輩の隣に座って鞄から夏休みの課題の教材を机に並べた。
ただ、図書委員としての確認事項は怠らない。