「あった……」

 そして、目的の物はすぐに見つかった。

 俺は、取り出した『人間失格』の文庫本の表紙を眺める。

 このときから、もう既に印刷紙が色あせていて、五年前だというのに、昨晩見たとき状態はほとんど変わっていないように見えた。

 俺は、すぐにページを捲り始める。

 パラパラと乾いた音が鳴る中、俺は目を凝らして確認したのだが……。

「……ない」

 文庫本の中に、目的の栞は挟まれていなかった。

 念のため、鞄の中身を全部取り出して調べてみたが、結果は同じであった。

「じゃあ、まだあの栞は挟まっていない時期ってことか……?」

 ただ、俺はその栞を挟んだ人物に心当たりがあった。

「でも、あの栞に書いていた文字……やっぱり紗季先輩の字に似てた気がする……」

 そう。最初にあの栞を見た時は気付かなかったが、よくよく思い出してみると、あの栞に書いてあった文字は、紗季先輩の文字とそっくりだった。

 もし、本当にその栞を挟んだのが紗季先輩だったと仮定してならば。

 俺が別の仕事をやっているときに、こっそり鞄から文庫本を取り出して、例の栞を挟むだけでいい。

 これなら、俺が知らない間に栞が挟まれていたことにも説明がつく。