「さて、私の話はここまでにして、今後の図書委員の活動について伝えたいことがあるから慎太郎くんも席についてくれたまえ。ただ、返却カウンターを空けるわけにはいかないから、いつものようにここで話すことになるけどね」

 そう言われて、俺は紗季先輩の指示にしたがって、彼女の隣の席に腰を下ろす。

 紗季先輩の言った通り、いつも俺は、ここで彼女の隣に座って時間を過ごしていた。

 その、なんでもない時間が、俺にとってはかけがえのない時間だったことに気付いたのは、その時間を失ってしまってからだった。

「それじゃあ、早速、夏休みの間の話をさせてもらうけれど、この期間中は図書室を閉めようと思っていてね。去年は私と慎太郎くんの当番制で開放していたけれど、結果的にはあまり人も来なかったし、夏休みの間は閉鎖するほうがいいんじゃないかと先生に提案されてね」

 淡々と、紗季先輩は話を進めていく。

「悲しいけれど、この図書室を利用する生徒はもう殆どいないみたいなんだ。もしかしたら、私や慎太郎くんが卒業してしまうと、図書委員という役割もなくなってしまうかもしれないね」

 ――俺は、この話を聞くのは、これで二回目だった。

「とまぁ、おおむねこんな感じだよ。だから、私たちの仕事は今日の受付が終われば完了だ」

 俺を覗き込むようにして、紗季先輩はそう告げる。

 整った顔立ちと、近くにいれば感じる先輩の雰囲気は、いつも俺の思考を困惑させる。

 だけど、俺はずっと、この不思議な感覚が、どこか落ち着いて、ずっと彼女の傍にいたいと思っていた。

「私からの話は以上だよ。他に何か聞きておきたいことはないかい?」

 ――そう言われたところで、俺はあのとき、何も返事をしなかった。

 このときの俺の心には、夏休みの間、もう先輩に会えなくなってしまうことに少なからず気持ちが沈んでしまっていた。

 だが、俺も先輩も、ただ同じ図書委員であるという理由だけで繋がっているような間柄で、それ以上の関係性を育んではいなかったし、そうなろうとも思ってもいなかった。

 きっと、紗季先輩だって同じなのだろう。

 俺に声をかけてきたのも、おそらく紗季先輩にとってはただのきまぐれで、今どき図書室に通う生徒のことが少し気になった程度だったのだろう。

 だから、俺にとっての紗季先輩の存在と、紗季先輩にとっての俺の存在には、大きな差異が生まれているに違いない。

「じゃあ、次に慎太郎くんと会うのは、夏が終わってからだね」

 そういって、紗季先輩は先ほど置いた『斜陽』の文庫本を手に取ろうとする。

 だが、文庫本に触れたところで、先輩は図書室の窓から差し込む光を見ながら、そっと呟く。


「慎太郎くんは、夏が嫌いになったことはないかい?」