透き通るような白い肌に、綺麗に輝く長い黒髪が、存在感をさらに助長させる。
俺が来たというのに、彼女は自分が持っている文庫本に視線を落としたままだった。
その姿を見て、またしても俺の胸の鼓動が早鐘を打つ。
窓から差し込む光の情景もあってか、彼女がとても神秘的なものに見えてしまった。
今まで、何度も見てきた光景だというのに、自然と瞼が熱くなる。
それでも、俺はゆっくりと呼吸を整えてから、普段通りに、彼女の名前を呼んだ。
「紗季先輩」
すると、今まで微動だにしなかった紗季先輩が、ゆっくりと顔を上げる。
そして、俺の顔を見た瞬間、ゆっくりとほほ笑んで口を動かした。
「ああ。こんにちは、慎太郎くん」
本当に、何でもないただの挨拶のやり取りだけど、俺はこのときの……紗季先輩が笑いかけてきてくれる顔が、一番好きだった。
もう、過去形でしか語ることができなかったはずの俺の感情が、再び形となって身体中を駆け巡った。
だけど、僕はそんな感情を誤魔化すように、話題を振ることにした。
「先輩、なに読んでたんですか?」
「これかい? 太宰の『斜陽』だよ。久々に読みたくなってね」
彼女は俺に表紙を見せるようにして差し出してきた。
確かに、その文庫本の表紙には、『斜陽』と書かれていた。
表紙が少し傷んでいるのは、この図書室にあったものを拝借したんだろう。
だが、俺は少し引っ掛かることがあった。
「あれ? でも先輩、太宰のこと、嫌いじゃなかったでしたっけ」
「ああ、嫌いだよ。太宰と芥川、それに川端康成と三島由紀夫のことも嫌いだね」
そこまでは聞いたつもりはなかったけれど、そういえば、紗季先輩はその作家たちが嫌いだということは、以前にも聞いた覚えがあった。
「だが、作者が嫌いだからといって、作品が嫌いだというわけではないよ。そこは誤解しないでくれ」
俺にはあまりピンと来ない理屈だったが、紗季先輩の中では作家と作品は区別されているのだろう。そういう意味では、作品をフラットに評価しているともいえる。