……一体、なんだったんだ?
気にはなったものの、考えても仕方のないことだ。
俺は、紗季先輩との約束通り、図書室に向かう。
その間も、翠の態度は気になったものの、俺は紗季先輩との約束を優先した。
あの人が、図書室で待っているというのなら、俺はそれにただ従うだけだ。
そして、図書室前に到着して扉を開くと、汗をかいていた身体に冷たい風がぶつかってきた。
先ほど、この学校には冷房機器が設置されていないと言ったが、それも例外があり、クーラーが設置されている部屋が二つだけ存在する。
それは、職員室と、この図書室だ。
そして、扉を開けたときに、クーラーの風だけでなく、懐かしい本の匂いが鼻腔を刺激する。
俺にとって、このインクと紙の匂いがする場所が、唯一心休まる空間だった。
「……本当に、静かだよな」
蔵書が並ぶ本棚に囲まれたこの部屋を、俺は一瞥する。
あれだけいた校舎の生徒たちが、ここには誰もいないというのも考えてみれば不思議なものだ。
若者の読書離れ、という言葉はこの頃から……というより、随分と前から囁かれていたものだが、それが可視化されているような光景である。
まぁ、学校の図書室を利用している学生たちの殆どは、自習場所として使っていたので、おそらくこの時期は期末テストが終わっていて、わざわざそのあとも勉強しようと考える殊勝な人間もいないのだろう。
なので、この図書館にいて聞こえてくるのは、涼しい風を提供してくれるクーラーの駆動音と、グラウンドから聞こえてくる運動部の元気な掛け声だけだ。
そして、その図書室の先には、本を借りるためのカウンターがある。
――そこに、一人の女子生徒が着席していた。