そして、その後も無言のまま、俺と翠は校舎の中へと入り、自分たちの教室へとたどり着く。
俺にとっては懐かしい教室に足を踏み入れると、始業時間ギリギリだった為か、大勢のクラスメイトが談笑したり自分の席に座って眠そうな顔を浮かべていたり、思い思いの時間を過ごしていた。
「あっ、みーちゃんおはよっ!」
そして、翠の姿を見かけたクラスメイトの一人が声を掛けてくる。
髪を団子頭にして、元気よく話しかけている女子生徒には見覚えがあるものの、普段から人の顔と名前を覚えない俺は、その人物が誰なのか、わからない。
「ねえ、みーちゃん。ちょっと部活のことで話があるんだけど、いい? 夏休みの合宿のことなんだけどさー……」
幸い、その女の子は俺に声をかけてくることもなく、早々に翠を捕まえて部活についての話を始める。
翠も「うんうん」と言った感じで相槌を打ちながら、その女子生徒と一緒に離れていってしまった。
そういえば、この時期の翠はテニス部の副キャプテンに選ばれて、色々と忙しかった時期だ。日焼けをしていたのも、部活の練習によってできたものなのかもしれない。
本当に、当時から全く人に関心を持っていなかったのだな、と思いはしたものの、それを反省するような性格ではないので、俺は黙って自分の席へと向かった。
普通なら、当時の席なんて忘れてしまっているのだが、二年の夏といえば、窓際の一番後ろの席という、非常に覚えやすい場所だったので印象に残っている。
カーテンを閉めていても、夏の日差しが強烈すぎて嫌気が差していたのをよく覚えていたのが幸いした。
生憎、うちの学校の教室にはクーラーといった冷房機器も備わっておらず、教室の端に申し訳ない程度に設置されている扇風機が生徒たちの頼みの綱だった。
俺が席につくと、偶然、さっきの女子生徒と話している翠と目が合う。
翠は、何か言いたげな表情で俺をじっと見てくる。
「あれ、どうしたの、翠?」
「……えっ、ううん? なんでもない。それで、えっと、合宿の練習メニューのことだよね?」
「そうそう。でね、このメニューなんだけどさ……」
しかし、結局翠はすぐに団子髪の女の子と話を再開させた。
俺は、先ほどの翠の表情に気付かない振りをして、窓から見える景色を眺める。
空は透き通るように青く澄んでいて、遠くのほうに入道雲が浮かんでいた。