俺たちが通う賀郭第一高校は、田舎の学校らしく広い土地の一画にぽつんと佇んだ場所にある。
近場の駅を利用したり、バスで通う生徒も多いが、俺と翠は家から歩いて十分もかからないので徒歩での通学だ。
最初は自転車で登校していたのだが、翠が無理やり俺の自転車で二人乗りをしてしまい、それが先生たちにバレて、それ以降は自転車での登校を止めたという経緯がある。
別にどうでもいい話かもしれないが、そんなことを思い出してしまうくらい、俺たちの間では、今なお全く会話が展開されていない。
しかし、それがあたかも自然であるかのように、先を歩く紗季先輩は何も言わないし、あの翠ですら何も話さない状態を継続している。
その翠だが、紗季先輩と合流してから、明らかに機嫌を損ねている。
だが、原因がわからないので俺も対処のしようがない。
そして、そんな沈黙状態が続く中、学校に近づくと共に、徐々に生徒の数も増えてくる。
だが、紗季先輩はそんな人物たちに一瞥もくれずに、ただ前を進んでいくだけだった。
「ねえ、慎太郎くん」
突如、学校の門をくぐったところで、紗季先輩は立ち止まった。
振り返り、笑みを浮かべていた紗季先輩の額には、こんなに暑いというのに、汗が一滴も流れていない。
「今日、図書委員会について話がしたいから、いつものように放課後は図書室に寄ってくれたまえ」
そう言って、紗季先輩は「じゃあね」と手を振りながら、俺と翠から離れて校舎へと向かってしまった。
「…………」
そして、その後ろ姿を、翠はじっと睨んでいる。
昔はそれほど気付かなかったが、翠は、あからさまに紗季先輩に敵意を向けているようだった。
「なぁ、翠。お前、紗季先輩のこと苦手なのか?」
性格的には、翠と紗季先輩は真逆だ。
だが、先輩だろうが後輩だろうが友好的に関係を築くはずの翠が、こんなに相手に対して距離を取っているのも珍しい。
そう感じての質問だったのだが、翠はさらに眉間に皺を寄せながら、呟く。
「……別に」
明らかに何かあるような態度たったが、ここで言及しても仕方のないことだと感じた俺は、これ以上の詮索は止めておくことにした。