「全く、きみたちは本当に仲がいいね」
――その声が聞こえた瞬間、俺の身体が勝手に震えだすのを感じた。
そう、俺はずっと、この状況になってさえ認めようとせず、無意識にその存在を除外していた人。
「あっ……」
隣にいた翠も、先ほどまでの緩い雰囲気から一転させて、緊張感を漂わせる。
そして、俺もその人物に視線を向けてしまった。
綺麗に伸びた清涼感のある黒色の髪。
日差しを浴びた形跡がない、白い肌。
もう二度と、会うことができないと思っていたその人物の姿は、俺の記憶と寸分も違わずに存在していた。
「やあ、おはよう。慎太郎くん」
そういって、黒崎紗季は、柔和な笑みを浮かべた。
「せん……ぱい……?」
俺は絞り出すような声を発して、彼女にそう告げた。
すると、紗季先輩は一瞬だけ怪訝な顔をしたものの、いつもの含みのある笑みを浮かべながら俺にこう言った。
「そうだよ、きみの先輩の黒崎紗季だよ。そして、きみの隣にいる女子生徒が、きみの幼なじみで私の後輩でもある水菜翠さんだ。そうだよね、水菜さん?」
「えっ!? は、はい……そうですけど……」
自分に話を振られるとは思っていなかったのか、翠はたじろいだ様子で返答する。
その間も、紗季先輩はずっと口角をあげながら、俺と翠を交互に見つめたのち、言葉を発した。
「それじゃあ、自己紹介も済んだところでそろそろ行こうか。早くしないと学校に遅れてしまうからね」
そう言って、紗季先輩は俺たちを置いて先に行ってしまう。
「……いこ、慎太郎」
そんな彼女の背中を見つめていた俺に、翠がそう声をかける。
俺は、翠に言われるがまま、学校へと続く道のりを歩きだす。
だけど、先を歩く紗季先輩との距離は、一向に縮まることはなく、誰も言葉を交わさない時間が続いたのだった。