……気が付けば、俺は『人間失格』を読み耽っていた。
だが、ページを捲っても内容なんて殆ど頭に入ってこず、俺の脳裏には初めて彼女と出会ったときのことが蘇ってきていた。
不思議な人だったけど、ほかのどんな人物とも違う魅力を抱えた人で……ふいに、悲しい表情を浮かべるような人だった。
だが、もうその人は、俺の思い出の中にしかいない。
その現実が、俺の心を締め付ける。
そのはずなのに、俺はページを捲る手を止めることはできなかった。
「……あれ?」
すると、ある程度読み終えたところで、俺はページの間に何かが挟まっていることに気が付いた。
取り上げてみると、それはどこにでもあるような、白い花が描かれている栞だった。
別に、本に栞が挟まっていることは不思議ではなかったが、俺にはその栞に見覚えがない。
何気なく、栞を裏返してみると、
「……えっ?」
そこにはたった一行、こんな文章が記されてあった。
夏祭りの日。
私はずっと、きみを待っています。
――その文章を見た瞬間、俺は強烈な眩暈に襲われたのだった。