その間、時間をつぶそうと思ってスマホを取り出したが、もしかしたら、翠から何か連絡が来ているかもしれない。そうなれば、また俺はあいつに余計なことを言ってしまいそうで怖かった。
翠もあの性格なので、俺の無礼をいちいち咎める奴ではないけど、それでも今は彼女との接触はできるだけ避けたい。
なので、俺は一度取り出したスマホの電源を切って、ベッドに放り投げた。
となると、やることといえば、ずっと放置していたゼミのレポートの続きくらいなので、いい加減そっちを本格始動させようかと思ったその時、ふと本棚に差してあった一冊の文庫本が目に入った。
背表紙には『人間失格』と書かれている。
日本人なら、誰もがその題名くらいは知っているだろう。
俺は本棚に手を伸ばして本を取り、ページをめくる。
何度も読み返したせいで、紙は擦り切れていたし、所々に折り目がついてしまっている。
それでも、当時の俺は新しく買い替えることもなく、常に鞄の中に入れて持ち歩いていた。
――きみは本が好きなのかい? それとも、人間が嫌いなのかい?
そうだ。
あの日、図書室でこの本を読んでいた時に出会ったのだ。
長い黒髪に手をかけて、柔和に微笑む女子生徒。
座っていた俺の顔を上から覗き込むようにして、その人は現れた。