そして、紗季先輩は少し離れた距離で、再びベンチに座ると、腕につけていた時計を確認していた。
「さて、そろそろかな?」
俺は、てっきり、もう遅くなってしまったので帰ろうという合図なのかと思ったが、そのまま先輩は、視線を夜空に向けた。
「慎太郎くんも、よく見ておくといいよ」
そう告げると同時に、
しかし、俺の質問は、空に響く音と共にかき消される。
俺たちは、同時に音がしたほうに目を向けると、夜空に輝く光の花が咲いていた。
「えっ? 花火……?」
すると、先輩は花火が打ちあがる様子を見上げながら、そっと俺に告げる。
「私も、たまたま町に帰ってきたときに準備をしている人たちから聞いてね。祭りは開催できないけれど、せめて花火だけは今年もみんなが見れるようにしようって、こっそり打ち上げることにしたみたいなんだ」
花火が夜空を彩る中、紗季先輩の話は続く。
「実は、毎年ここで花火を見るのがきみと私の約束なんだ。五年前、きみが私と花火を一緒に見たいと言っただろう? だから、二人でそうすることに決めたんだ。覚えているかい?」
そういえば、確かに俺は、五年前のあの日、意識が朦朧とする中で先輩に向かって、そんなことを言ったような気がする。
「だから、祭りが中止になって、今年は見れないと思っていたんだけど、こうしてまた、きみと花火が見れたよ」
花火の光で、先輩の横顔がはっきりと見える。
俺は、そんな紗季先輩を見ながら、そっと呟く。
「綺麗ですね」
「ああ、とても綺麗だ」
紗季先輩も、花火を見ながら、そう告げる。
そんな俺たちが見上げる夜空には、次々と花火が音を立てて弾けていく。
「もう……夏が終わっていくんだね」
そう呟いた紗季先輩は、夏が嫌いだと言った同一人物だとは思えないくらい、夏が終わっていくことに、名残惜しさを感じているようだった。
俺はやっと、彼女と過ごす夏を経験する。
それを祝福するように、夜の空には綺麗な花火が上がり続けるのだった。
〈完〉