そういって、紗季先輩はこの話を終わらせてしまったのだが、

「『人間は、恋と革命のために生れて来たのだ』」

「えっ?」

 突然、紗季先輩が呟いた言葉は、俺も聞き覚えのある言葉だった。

「太宰治の『斜陽』だよ。確か、あの夏も、きみと『斜陽』のことについて話していたことを思い出してね」

 そして、紗季先輩は俺から少し離れたかと思うと、向かい合って俺の顔をじっと見つめながら告げた。

「きみは、その言葉通り『革命』をしたんだ。『世界』を『私が生きている世界』に変えるなんて、革命以外の何物でもないだろ?」

 先輩は、俺の返答に対して、ゆっくりとほほ笑む。

 俺からしてみれば、そんな大それたことをしたつもりはない。

 でも、もし本当に、俺が『紗季先輩のいる世界』に変えたのだとしたら、それは先輩の言ってくれた通り『革命』を起こすことができたのかもしれない。

「ねえ、慎太郎くん」

 そして、紗季先輩は俺に一歩ずつ近づいてくる。

「きみの『革命』は見事に成功した。だが、あと一つのほうはどうなのかな?」

 これも、まるで俺を試しているような口調だった。

「そっちはもう、とっくの昔に経験済みですよ」

 俺はゆっくりと、先輩の顔を覗き込む。

 マスクのせいで気付きにくかったけれど、先輩の特徴である白い肌が、ほんのりと朱色に染まっていた。

「先輩、俺は……」

「……なんだい?」

 やっぱり、先輩は俺が言いたいことなど既にわかっているような態度だった。

 それでも、俺はちゃんと、自分の言葉にして伝えた。


「俺は、紗季先輩のことが、ずっと大好きでした」


 やっと、俺はずっと先輩に伝えたかったことを、伝えることができた。