「慎太郎くん」
すると、紗季先輩はまっすぐな目を向けながら、俺に告げた。
「私が嫌いな作家が誰か、覚えているかい?」
「……えっ? どうしたんですか、急に」
「いいから答えてくれ」
「え、えっと……」
何故、今そんな話をするのかわからなかったが、俺は自分の記憶を頼りに、答えていく。
「太宰と芥川……それに、川端康成と三島由紀夫、でしたっけ?」
「うむ、正解だ。では、その作家たちの共通点とはなんだろうか?」
共通点?
そんなことを言われても、すぐには思いつかない。
しいていうなら、どの人も文豪として歴史を残していることぐらいだろうか。
だが、文豪と呼ばれる人たちなんていくらでもいるわけで、紗季先輩が挙げた四人の作家も他の作家と同じように生涯を……。
「……あっ」
そこで、俺はやっと、四人の共通点をみつけた。
すると、マスク越しでも、紗季先輩がにやりと笑ったのが、すぐにわかった。
「そうさ、慎太郎くん。その作家は全員、自殺をしている」
彼らは作品が有名であるのと同時に、自ら命を絶ったことでも知られている。
「だから、私は嫌いなんだよ。自分の命を大切にしない奴が、私は一番嫌いだ」
紗季先輩は、はっきりと僕にそう告げる。
「慎太郎くん。私は断言するよ。たとえ、どんなことがあっても、私は絶対に、自分で命を断つことなどしない」
それは、紗季先輩の意志がしっかりと込められた言葉だった。
「じゃあ、やっぱり俺が元いた世界では、先輩は……」
「ああ。さっきも言ったけれど、多分、私を殺したのは兄さんだ。まあ、母親にはさすがにバレているだろうし、もしかしたら、犯行を隠蔽するために手伝ったかもしれないね。何も不審なことがなければ、無理に解剖して死因を究明するようなこともしないだろう」
俺は、紗季先輩の家に尋ねたときのことを思い出す。
あのとき、紗季先輩の母親は憔悴しきっているようにみえて、それは自分の娘を亡くしたからだと思っていたけれど、全く違う理由だったのかもしれない。
いや、むしろ、実際に母親と話してみた俺の感想だけでいわせてもらえるならば、紗季先輩の推理のほうが、しっくりくる。
「まぁ、これは机上の空論だけどね。今となっては、答えなど誰にもわからない。第一、日本の警察官は優秀だから、自殺か他殺くらいは簡単な死体検証で判断してくれると信じたいよ」
「でも、先輩は……」
「ははっ。私の話なんて信じるのかい、慎太郎くん? 案外、強がっている人間ほど、打たれ弱いってこともあるのさ。ましてや、高校生の私なんて、まだまだ心の弱い人間だったよ」