「先輩と翠が仲良く……ですか。俺には夢みたいな話です」

「夢……か」

 すると、俺の何気なく言った台詞を、紗季先輩は反芻した。

「……慎太郎くん、私はね、時々夢を見るんだよ」

「夢、ですか?」

「うん。私がね、兄さんに殺される夢なんだ……」

 表情を変えないまま、先輩は告げる。

「あの日……五年前の夏祭りの日に、私はきみに会いに行こうとするんだ。でも、部屋から出ようとしたところで、兄さんが立っていてね」

 そして、紗季先輩は自分の首を抑えながら、言った。

「私も抵抗するんだけど、最後は首を絞められて殺されるんだ。でも、ここからが不思議なことなんだけど、死んだはずの私にはそのあとの記憶もあってね……。兄さんは、私を殺したあとに、私の大事なお母さんのペンダントを奪っていくんだ」

「ペンダント……」

「これだよ」

 すると、紗季先輩は首から下げていたチェーンに触れ、浴衣の中からペンダントを取り出す。

 チェーンの先には指輪が付いており、それを、紗季先輩はギュッと握りしめた。

「これは、お母さんが私にくれた大切なお守りでね。何か大事なことがあるときは身に着けておきなさいって、お母さんから言われてたんだ」

「……あっ」

 ここで、俺はあの日、紗季先輩がデートだといって会った日のことを思い出す。

 あのときは、指輪のペンダントとはわかっていなかったけど、確かに、同じチェーンを紗季先輩は首から下げていた。

「私はずっと、兄さんに対しての恐怖で、夢と現実を混合させてしまっていると思っていたんだ。だけど、もしかしたら私が見ていたのは夢なんかじゃなく、きみがいた世界で起こってしまった出来事だったのかもしれないね」

「えっ……?」

「だって、私にもあるんだよ。終業式の日に、きみの本の中にこっそりと栞を挟んだ記憶がね。さっき、きみが最初に経験したという話は、私が見てきた夢の話とそっくりなんだ。それに、きみは『もう一人の私』と会っているんだろう?」

 俺は、あの真っ暗な空間で出会った光の球体のことについても話していた。
確かに、あの光の言葉の節々に、俺は懐かしさや愛おしさを感じていたが、はっきりと紗季先輩だったかと問われてしまうと、それは俺の願望のような気がしてきた。

 それこそ、夢のような話である。

「いや。きっと、それは死んでしまった私の魂とかじゃないのかな? 魂になってもきみに助けを求める図々しさも、私らしいといえば私らしいしね」

 それは、紗季先輩にとっては皮肉を込めた言動だったのだろうが、俺はそうは受け取れなかった。

「……でも、そのおかげで俺は、先輩を助けることができました」

 呆れにも似た感情を吐露する先輩に対して、俺はそう告げた。

「俺は、紗季先輩がいなくなって、ずっと後悔していたんです。もしかしたら、紗季先輩が死んだのは、自分のせいじゃないかって……」

 考えれば考えるほど、俺は現実から目を逸らして生き続けてきた。

 後悔なんかしても、世界は変えられないと思っていた。

 だけど、いま俺がいるこの場所には、ちゃんと紗季先輩がいてくれる。

 それがどれだけ幸福なことなのか、俺はもう、嫌というほど思い知らされている。