要約すると、なんと、俺が知らない二〇二〇年では、世界的なパンデミックが起こってしまったらしい。
新型コロナウィルスと呼ばれ、その脅威は瞬く間に世界中へと広がり、学校の休止や、会社の通勤がなくなり、テレワークと呼ばれるリモートでの活動が急激に増えてしまったそうだ。
そして、未知なるワクチンが与えた影響はそれだけにとどまらず、密集する場を避けようと、飲食店の営業の休止、人の集まるイベントは次々と規制されてしまったそうだ。
何より、片田舎の祭りがなくなってしまうことにも驚いたが、それ以上に俺に衝撃を与えたのが、東京オリンピックの延期であった。
俺も、念のためスマホで検索をしてみるが、あれだけ毎日報道されていたオリンピックの話題が一つもなく、殆どがコロナウィルスに関するニュースで溢れかえってしまっていた。
「私も、しばらくこっちに帰ることができなくて、つい先日、ようやく帰ってくることができたんだ」
「こっちに、って、どういうことですか?」
「ああ、その辺も知らないのか、今の慎太郎くんは。でも、手紙は見てくれたんだよね?」
「は、はい……」
俺が見た手紙には、たった一言、「また、きみの好きな場所で待ってるよ」とだけ記されてあった。
正確な場所や時間も記されていなかったけど、俺はここに、紗季先輩がいるという確信が、そのときは何故かあったのだ。
「……あっ」
しかし、そこであることを思い出す。
紗季先輩の手紙が入っていたと思われる便箋は、エアメールで届けられていた。
つまり、俺へ宛てた手紙は、海外から送ったものだということになる。
「正解だよ。私はね、大学を卒業してから色々な国を回っていたんだよ。いわゆる、バックパッカーというやつさ」
「紗季先輩、が……?」
「ははっ、やっぱり、慎太郎くんは慎太郎くんだね。私が海外に行くといったときも、同じような反応で心配されたものだよ。あのときは、結構可愛いところがあるんだなと思ったが」
「か、からかわないでくださいよ。俺、そんなの知りません」
ただ、実際に先輩から海外に行くという話があれば、狼狽えてしまう自分がありありと目に浮かんできた。
「でも、慎太郎くんが心配していた通り、この半年間は大慌てさ。国際線はストップして、母国に帰れない状態がずっと続いていたからね。知らない町の知らないホテルで、軟禁されたような生活というのは、なかなか苦痛だったね」
呆気らかんと、そう答える紗季先輩だったが、相当大変な状況だったのではないだろうか?
「いや、それでも慎太郎くんや、翠ちゃんから頻繁に連絡をくれたから、心細くはなかったさ」
「翠……ちゃん?」
俺は、突然発せられた『翠ちゃん』発言に、動揺せずにはいられなかった。
二人は、そんな名前で呼ぶような中ではなかったはずだが……。
「翠ちゃんも、自分のことがあって大変なときだっていうのに、本当に、優しい子だよね」
一瞬、僕の反応をみて何か言おうとしたようだが、結局、何故、翠の呼び方が『三菜さん』ではなく、『翠ちゃん』に変わってしまっていたのかは、教えて貰わず仕舞いとなってしまった。
その代わり、もう一つ俺が疑問に思っていたことを、紗季先輩は教えてくれた。
「翠ちゃんはね、今は看護師学校に通っているんだ。本当は研修生として今年から現場に出るはずだったんだけど、それも中止になってしまったみたいでね」
「翠が、看護師?」
そんなこと、俺の知っている世界ではなかったことだ。
しかし、紗季先輩はクスクスと笑いながら、俺に言った。
「いや、それがね。慎太郎くんが入院してたときに、翠ちゃんもきみのお世話係を務めてくれてね。そのときに、看護師の仕事もいいかもな、って思ったそうなんだ」
「えっと、つまり、俺がキッカケ……なんですか?」
「まぁ、そういうことだね」
そう笑いながら話してくれた紗季先輩曰く、翠は高校を卒業後、地元の看護師学校に通うことになったらしい。
俺がいた元の世界では、一緒の大学に入っていたので、なんとも不思議な感覚ではあった。
そして、どうやら俺の入院生活の間に、紗季先輩と翠の間にも色々とあったようで、それが功を奏したのか、今ではお互いに名前で呼び合うくらいの仲になっているそうだ。