まず、俺が刺された後のことだが、あの後、駆けつけてくれた男性二人の助けもあって俺はなんとか一命を取り留めたらしい。
ただ、それなりに傷も深かったこともあって、夏休み中は殆ど病院生活を余儀なくされたそうだ。
一方、俺を刺して逃走した空也さんだが、彼はその後、警察に逮捕され、そのせいで地元では結構な大騒ぎとなり、黒崎家は両親が離婚し、それぞれが遠い地方への引っ越しを余儀なくされたそうだ。
「それじゃあ、先輩も……?」
「いや、私は彼らとは一緒には行かなかったよ。まぁ、大学への進学も控えていたし、一人暮らしをさせるほうが、あの人たちにとっては都合が良かったからね」
紗季先輩は『もし自分を自由にしてくれないのなら、今まで兄から受けた辱めを世間に公表する』と両親たちに言ったらしい。
そして、もうこれ以上の失態を世間に知られたくない母親は、紗季先輩の口を閉ざすために、先輩からの要求を全て受け入れたそうだ。
「もちろん、脅して金銭を要求するようなことはしていないよ。ただ、もう私に関わらないで欲しいと、少しお願いしただけさ」
紗季先輩は詳しく話さなかったけれど、おそらく母親も父親も一緒に暮らしているのなら、空也さんが紗季先輩にやってきたことを知らないはずはないのだ。
だとしたら、その歪んだ環境をつくった原因は、その二人にもあったのだと考えてしまうと、俺の中で沸々とした怒りの感情が生まれてしまう。
「……私は大丈夫だよ、慎太郎くん。もう、過去の出来事さ」
しかし、俺の表情を読み取ったのか、紗季先輩は朗らかな笑顔を浮かべていて、そんな顔を見せられてしまっては俺が怒りをぶつけるのはお門違いなのだと、そんな風に考えざるを得なかった。
「そんな訳で、私は自由の身となったわけだよ、慎太郎くん」
んー、と背筋を伸ばす紗季先輩は、その後も世間話のように、今日までの出来事を俺に話してくれた。
「さて、慎太郎くん。他に聞きたいことはないだろうか?」
そう告げた紗季先輩に向かって、俺は、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「あの……紗季先輩。俺がいた世界では、今日、ちゃんと祭りがあったんです。それに、ここではみんな、マスクを着けてるのが当たり前みたいな感じで……」
最初は、翠や母さんだけがしているのかと思ったが、今、目の前にいる紗季先輩まで、マスクを着けている。
これは、明らかに異常ではないのだろうか?
「ああ、それでずっと、私のことを不思議そうに見ていたんだね」
すると、俺の視線に気づいていたのか、紗季先輩は納得したように話し始めた。