目的地までは、それほど時間はかからないはずなのだが、俺は何かに急かされるように自転車のスピードを上げていく。

 外はもう暗くなり始めて、人の姿も見当たらない。

 本来なら、この時間帯は祭りに向かう人たちでいっぱいのはずなのに、一体、どうなっているのだろうか?

 そして、自転車を漕ぎ始めること数十分。

 俺は、目的の場所に到着した。

 もう、夕日は沈んでしまっていて、空には少しずつ星の輝きが映し出されていた。

 この場所は、何年経っても変わることなく、静寂な時間が流れている。

 俺が中学生の頃に、ずっと通っていたお気に入りの場所。

 だが、そんな場所に、たった一人、佇んでいる人影があった。

 そして、その人影は、まるで俺が到着するのを見計らったかのように振り向いた。


 綺麗に伸びた清涼感のある黒色の髪。

 日差しを浴びた形跡が、どこにもないような白い肌。


「やあ、慎太郎くん」


 俺の記憶から、何一つ変わっていないその姿で、優しい笑みを浮かべていた。

「紗季……先輩……!」

 俺は、涙が出そうになるのを堪えて、彼女の名前を呼んだ。

 紗季先輩は、白い浴衣姿だった。

 柄には紫色の朝顔が描かれていて、思わず見惚れてしまうくらい、綺麗な姿だった。

「紗季先輩……無事……だったんですね」

「無事?」

 思わず出てしまった言葉に、紗季先輩は反応する。

 それでも、俺は言わずにはいられなかった。

「良かった……紗季先輩が、いなくならなくて……」

「……慎太郎くん」

 そして、たった一言を噛みしめるようにして、俺に告げた。

「ただいま」

 俺は、その言葉を聞いて、自分の目から涙が流れ出したのだった。