「あっ、慎太郎。もう帰って来てたんだ? ほら、あたしの家からスイカ持ってきてあげたわよ」
ほれ、と右手で網の中に入った大玉のスイカを見せつけるようにして、俺に声をかけたのは、幼なじみの翠だった。
ただ、俺が驚いたのは、翠が家を訪ねてきたからではない。
「お前……その恰好……」
「恰好? ああ、別にいいでしょ? すぐ近くなんだし」
不貞腐れながらそういった翠は、明らかに部屋着のTシャツに短パン姿という恰好で、何故かこんな暑いのに、マスクを着用していた。
だが、俺が気になったのは、服装のことではない。
「お前……その髪型……高校の時と、一緒……」
そう、今の翠の髪型は、俺の知っている大学生の時の茶色に染まった長髪ではなく、高校生の頃と同じ、黒髪のショートカットというシンプルなものだった。
「髪型って……あたし、ずっとこの髪型なんだけど?」
翠は、俺の母と同様、不思議そうな目で俺を見た。
「ごめんね、なんかさっきからこの子変なことばっかり言うのよ。気にしないで」
母はそういうと、俺を無視して翠が持っていたスイカを受け取った。
そして、俺はそこでようやく、母さんもいつの間にかマスクをしていることに気が付いた。
「それにしても、翠ちゃんも大変なんじゃないの? 研修だって、まともに受けられてないんでしょう?」
「はい……正直、現場も大変だって聞いてますけど、落ち着いたら、私たちもちゃんと研修受けられるようになるみたいです」
「そう。だったら安心ね」
「はい。こういうときこそ、あたしたちも頑張ろうって、学校のみんなとも言ってるんです」
本当に、全く話についていけない。
翠たちは、一体なんの話をしているんだ?
「それじゃあ、あたし、帰りますね。慎太郎の顔も久々に見れましたし」
しかし、俺が質問をするよりも先に、翠はぺこりと母に頭を下げて、俺に告げる。
「それと慎太郎。今年は残念だったね。お祭り、中止になっちゃって……」
「……は? 何のこと、だよ?」
お祭りが中止って……そんなはずはない。
俺は確かに、このあと翠と一緒に祭りに行くはずなのだ。
「えー、そこでとぼけるかなぁ」
しかし、翠は何やら不満そうに、そう呟くだけで、詳細を語ろうとはしない。
「まあ、いいや。じゃあね、慎太郎。また帰って来た時は、ちゃんとあたしに連絡しなさいよ」
そして、翠はそれだけ告げると、玄関から立ち去ってしまった。
「本当に立派なスイカよね。夜に食べられるように冷やしておかなきゃ」
母は、翠から貰ったスイカを持ったまま、台所まで戻っていこうとする。
一人取り残された俺は、ただただ呆然と立ち尽くすだけだった。
一体、どうなっているんだ?
俺は、頭を抱えながら、ひとまず自分の部屋に戻ったのだが……。
そこで、俺は机の上に、二つ折りにされた一枚の紙が置かれていることに気が付いた。
「ん、これって……!」
俺は、すぐにそれを手に取って、呟く。
「紗季先輩からの、手紙……!?」
こんなもの、俺の知っている世界には存在しなかった。
俺は急いで、俺はそこに書かれていた内容を確認した。
たった一枚の紙だったけど、俺はそこには繊細な文字が並んでいて、たった一言だけ、あるメッセージが記されてあった。
その手紙を読み終わったところで、よく見ると、紙の下には便箋が置いてあることに気が付く。
しかも、その便箋はエアメールのようで、宛名には俺の名前と、下宿先として借りているアパートの住所が書いてあって、便箋の日付は今から一ヶ月前のものだった。
だが、そんなことは重要なことではない。
重要なのは、その手紙の内容だ。
俺は、気が付いたときには、もう部屋から飛び出していた。
「母さん! 俺、ちょっと出かけてくる!」
「えっ? ちょっと慎太郎!?」
しかし、俺が出かけようとするのを、母さんは必死で止めてきた。
「何やってんのよ、あんた。マスクくらいちゃんと着けなさい。そりゃ、散歩くらいはいいけど、気を付けなさいよ……って、ああ!」
そして、母さんは玄関に置いてあったマスクを俺に渡すと、火を止め忘れていたのか、そのままキッチンへと戻ってしまった。
そういえば、さっきは母さんも翠もマスクを着用していた。
理由はわからないが、母さんがこれだけ押し付けてくるということは、何か理由があるのだろうと思って、俺はマスクを付けて、家を出ることにした。
そして、家を出て裏口に回ると、そこにはちゃんと俺が高校生の頃に使っていた自転車が置いてあった。
俺はすぐにその自転車に跨って、ペダルを漕ぎ始める。