「紗季、先輩ッ……!」
ハッ、と目を見開くと、翠が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「……えっ? あっ、うん。黒崎先輩よ。夏祭りとか誘ったらいいのにって思っただけなんだけど、よく考えたら今は先輩も体調が悪いし……って、どうしたの!?」
俺は、翠の話を最後まで聞かずに、自分の持っていた鞄をひっくり返すようにして中身を全部、放り出した。
「ちょっと慎太郎! 何してるの!?」
その様子を見た翠は、一体何事かと狼狽えていたが、俺はそれすらも気にせずにある物を探す。
本当に、直感的なものだった。
だけど、どこか確信めいたものが、俺にはあった。
「……あった!」
そして俺は、高校生までずっと鞄に入れていた太宰治の『人間失格』の文庫本を手に取る。
しかし、本当に確認したかったのは、本ではなく、その中身。
俺は、素早くページをめくって、それを探す。
そして、俺の捜し物は、確かにそこに、存在していた。
ページの間に挟まれた、小さな白い栞。
俺は、その栞を手に取って確認すると、短い文章で、こう書かれていた。
夏祭りの日。
私はずっと、きみを待っています。
「先輩が……待ってる!」
俺は、手に取った栞を握りながら、ぶちまけてしまった鞄をそのままに、全力で走りだした。
「ちょ、慎太郎!!」
後ろから、翠が俺を呼ぶ声が聞こえるが、俺が立ち止まることはない。
しかし、なぜ、こんな回りくどい方法で、俺にメッセージの残したのかも、見当がつく。
紗季先輩が、空也さんのことを警戒しているからだ。
俺は、空也さんから彼の本音を聞いていたから、紗季先輩の味方であることを知っているけれど、紗季先輩は空也さんを信用していない。
もし、直接メモなんかを残してしまえば、空也さんに見られてしまう可能性がある。
だから、それを避けたかった紗季先輩は、空也さんの目を盗んで、栞を俺に渡したのだ。
俺が、必ず見つけてくれると、信じていたから。