「ふーん。ほんっと面倒臭い母親よね。そりゃあ、黒崎先輩もあんな捻くれた性格になるわ」
そして、俺の話を一通り聞いた翠は、ブツブツと文句を言いながら俺の隣で夏休みの課題に手を付けていた。
今は、2015年の八月九日、日曜日の午後六時を過ぎた時間帯だ。
本当は、この図書室も五時を過ぎたら閉めないといけないのだが、翠はキリが悪いからと手を付けた課題が終わるまで付き合わされることになってしまったのだ。
まぁ、別に厳密な閉館時間もないので、開放時間をセルフ延長していてもそこまで咎められたりはしないだろう。
しいて言えば、夏休みにも学校の管理のためにいる先生たちに早く帰るように注意されてしまうかもしれないけど、いざ注意されるまでは、俺は翠に従うことにしている。
といっても、翠が図書室にいること自体は、もう珍しいことではなくなってしまった。
そう……紗季先輩が図書室に来なくなってから、それを埋め合わせるかのように、翠が毎日、図書室を訪問するようになったのだ。
しかも、朝は律儀に俺の家まで迎えに来て、帰りも一緒に下校することが習慣になってしまっていた。
実は、そのたびに自転車で行こうと誘ってくるのだが、俺は全力で拒否をして、歩いて学校まで登校するようになった。
まあ、これはどうでもいい話だ。
ということで、今まで以上に翠と過ごす時間が増えたのだが、翠も部活があるのでその間は一人、図書室で過ごすことになる。
ただ、そのときだけは、どうしても紗季先輩のことを考えてしまう。
紗季先輩とは、もう六日間も会っていない。
空也さんから紗季先輩の様子について連絡は来ているものの、心の中の不安は募っていく一方だった。
だが、今の俺にできることといえば、紗季先輩を信じて待っていることだけだった。
先輩は絶対、この図書室に戻って来てくれる。
しかし、俺の心境とは裏腹に、隣に座っていた翠は、背筋を伸ばして満足そうな声を発していた。
「ふぅ、慎太郎のおかげで宿題も捗ったわ。ってか、やっぱ賢いわよね、あんた」
そんな風に感心する翠だったが、正直、それも紗季先輩がいてくれたからだ。
俺が紗季先輩と過ごした時間が、残り香のように染みついている。
「……どうしたの、慎太郎? さっさと鍵閉めて帰るわよ。どうせギリギリまで開けてても誰も来ないんだから」
最後の一言は余計だと思いつつ、実際に誰も来ないだろうから文句も口には出せないので、紗季先輩から預かっている図書室の鍵を使って戸締りを確かめたのち、学校をあとにした。
こうして、翠と二人で並んで歩く帰り道も、随分と慣れてしまった。
相変わらず、外は図書室と違って蒸し暑く、歩くのさえ億劫になってしまう。
ただ、いつもと少し違うとしたら、時間帯が遅くなったせいで、帰り道に浴衣を着た人たちがまばらに歩いていることだった。