その後、紗季(さき)先輩とは会えずに学校に帰ってきた俺たちは、その場で解散して自分たちがいるべき元の場所へと戻った。

 俺は、誰も訪れてこない図書室で、ただ時間が流れるのを待っているだけで、何も手がつかず、ただ黙ってカウンターの席に座っているだけだった。

 そして、ほんの数時間前まで隣に座っていた先輩の席に視線を向ける。

 まだ、俺の手のひらには紗季先輩の温もりが残っている。

 あのとき、もし(みどり)が来なかったら、俺は先輩をどうしていたのだろうか……。

 そして、それを先輩が受け入れてくれたのか、今ではもうわからないことだ。

 だけど、あのときの先輩は確かに、俺を求めてくれていた。

 多分、俺はそれが分かっただけでも十分だった。

 この時代に戻って来て得られた経験は、俺がずっと……追い求めていたことだったのかもしれない。

「……なんか、死んで幽霊になったみたいだな、俺」

 心残りがなくなり、成仏する地縛霊の気持ちがほんの少しだけわかったような気がした。

「……なに馬鹿なこと言ってんのよ」

 すると、誰もいないと思っていた図書室の扉の前に、ジャージ姿の翠が立っていた。

「翠……お前……部活は?」

「もう終わったわよ」

 そう言われて、壁に掛けてある時計を見ると、俺たちが学校に帰って来てから、もう数時間以上も時間が経過していた。いつもなら、図書室を閉める時間帯だ。

 しかし、どうして翠はわざわざここに来たのだろうか?

「一応、あんたに言っておこうと思ったんだけど、黒崎(くろさき)先輩を呼んだのはウチの顧問の先生なんだって。別に知ったところでどうなんだって話だけどさ」

 ツン、と眉をひそめながら、翠は興味なさそうに俺に情報を教えてくれた。

「ただ、そのときの黒崎先輩は特に変わったところはなかったみたいよ。親から連絡があったって伝えたら、素直に家に帰るって言って、それで……」

 と、そこで少しだけ言葉を詰まらせた翠だったが、最後まで言うことに決めたらしく、腕を擦りながら話を続けた。

「黒崎先輩のお兄さんだって人が迎えに来たみたい。そのあと、そのお兄さんと一緒に図書室を出て行ったってさ」

 俺は、すぐに昨日会った男性の姿が頭に浮かんだ。

 そういえば、紗季先輩の母親が『息子が迎えに行った』と言っていたような気がする。