「……は? ちょっと!? どういうことですか!!」

『こちらからは話すことはないと言ってるんです。これ以上騒ぐようでしたら、警察を呼びますよ』

「ちょっと、警察って……」

 相手の発言に、翠も動揺しているようだった。

 だが、俺はここでようやく、インターフォンの声の主が誰か、思い出した。

「翠……俺が代わる」

 なので、俺は翠の代わりに、その人物と会話をすることにした。

「あの……黒崎先輩のお母さん……ですよね?」

『……そうですけど』

 やはり、俺の予想通り、インターフォンの相手は紗季先輩の母親だ。

 いや、紗季先輩の話を聞いたあとだからわかったことだが、この人は紗季先輩の本当の母親ではなく、義理の母親だ。

 だが、俺が会った紗季先輩の母親は、このように敵意をむき出しで話すような人ではなかった。

 多分、あのときは憔悴しきっていたからだと思うが、それにしても、俺が持っていたイメージと乖離してしまっていたので、最初は誰か本当にわからなかったのだ。

「あの、一つだけ、聞いてもいいですか? 紗季先輩は……この家にいるんですか?」

『…………』

 またしても、長い沈黙が続いた。

 だが、俺は辛抱強く相手の返答を待ち続けた。

 そして、インターフォン越しから、呼吸音が聞こえてきたのちに、告げられる。

『紗季は今……病院に向かっています』

「びょう……いん……?」

『ええ、昨日から体調を崩していたので、今日は安静にするように言ってたんだけど、気が付いたらあの子、勝手に家を飛び出していたんです。ただ、行く場所はおおよそ検討がついたので、学校に連絡したら、案の定、学校にいるということだったので息子に迎えに行ってもらったんですよ』

 ……思い返してみると、確かに紗季先輩は、いつもと様子が違っていた。どこか弱々しい感じがしていたし、普段なら言わないようなことまで、俺に言っていた気がする。

 もしかしたら、その原因は、体調が悪かったから、なのだろうか?

 だとしたら、紗季先輩が残したメモ用紙の内容にも、それなりに繋がりができた。

『もしかしたら私は、しばらくここに来られないかもしれない』というメッセージの意味は、単純に体調不良になってしまったから、図書室に来られない、という意味だったのか?

「じゃあ、あたしと慎太郎が喋ってるときに先生が来て、黒崎先輩を呼びに来たってことよね? 時間的には……まぁ、それくらいはあったかもしれないけど……」

 翠が話を整理していると、紗季先輩の母親が、今度はさらに声のトーンを落として、インターフォン越しに俺たちに告げる。

『あの……もういいですか? これ以上は、私たち家族の問題ですので……』

 相手は明らかに、俺たちと早く会話を終わらせようとしている。

 そして、俺たちがどこの誰ということも、全く興味を持っていないことが明確にうかがえた。

 実際、俺たちは一度も名前や身元を尋ねてこない。

 おそらく、これ以上ここにいても、紗季先輩には会わせてもらえない。