そして、自転車を漕いでいくと、道路に面していた場所から住宅街へと入っていく。
ここは、俺や翠が住んでいる場所とは違い、新築の一軒家が立ち並ぶ区画だった。
そこに、紗季先輩が住んでいる家も存在していて、その場所まではすぐに到着する。
「結局、黒崎先輩に追い付かなかったわね」
自転車から降りた翠は、自分の推理が外れていたからなのか、不満そうにそうぼやく。
確かに自転車で追いかけたのだから、歩きで帰っている紗季先輩に追い付いてもおかしくないと思っていたのだが……。
「まあ、どっちみち会えるならいいんだけどね」
そういって、翠は目の前にある一軒家を腰に手を当てて眺めていた。
紗季先輩の家は、二階建ての白を基調とした建物で、門の前にはガレージがあったり、見た目からかなりの高級感を醸し出していた。歩くたびに床の軋む音が聞こえる俺の家とは大違いだった。
これで見るのは二度目のはずなのに、外観などは驚くほど覚えていなかった。
そして、翠が表札をちらりと見たかと思うと、躊躇なくインターフォンに手を伸ばした。
「おい、翠!?」
「何よ、ここまで来たんでしょ。手ぶらで帰るわけないじゃない」
まだ心の準備ができていなかった俺とは違い、翠は気合十分といった顔で相手がインターフォンを出るのを待ち構えていた。
果たして、数秒後、インターフォンから女性の声が届いた。
『はい、なんでしょうか?』
声色には、明らかに不審そうな感情が滲み切っていた。
おそらくインターフォンにはカメラがついているだろうし、車が入る門のところにも監視カメラが設置しているので俺たちの容姿は相手から丸見えのはずだ。
だが、俺は最初、その人が誰なのか、全くわからなかった。
「あの、あたしたち、賀郭第一高校の生徒なんですけど……」
『それは見ればわかります。そのことを踏まえて、用件は何かと聞いているんです』
やはり、俺たちの姿は相手も確認しているようだった。
「……あたしたち、黒崎先輩……黒崎紗季さんに用事があるんですけど、いらっしゃいませんか?」
『…………』
インターフォンからは、長い沈黙が続くだけで、返事はこなかった。
しばらく待っても何も反応がないので、痺れを切らした翠がもう一度、同じ質問をしようとする。
「……あの、聞いてます? あたしたちは――」
『あなたたちに紗季を会わせる必要はありません』
それは、俺たちを明らかに拒絶するような内容だった。
『もういいですか? それじゃあ、あなたたちも帰ってください』
インターフォンの相手は、もうこれ以上は何も話すことがないというように、会話を終了させようとする。