「ねえ、慎太郎。私たちが図書室を離れてた時間ってどれくらいかわかる? あと、黒崎先輩の家がどこにあるのかも、あんた知ってる?」
走りながら、翠が俺に質問する。
俺が翠と話していたのは、せいぜい十分くらいだろう。翠を捜している時間を入れても、三十分も図書室から離れていないはずだ。
それに、彼女の家には一度、最悪の形で訪問しているので場所はわかっている。
先輩の歩くスピードを考えたら、それこそ三十分くらいで家に到着するはずだ。
「だとしても、メモ残したりしてるわけだから、出て行くのだってそれなりに時間が掛かったはずよね? だから、絶対に追い付ける! あんた、今日は自転車持ってきてる?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、行くわよ!」
翠がそう言ったのと同時に、校舎から飛び出した俺たちは学校の駐輪所へと向かった。
ちょうど部活が始まる時間なのか、何人かの生徒が走っている俺たちを見て怪訝そうな顔を向けてくる。
「あれ? みーちゃん、どうしたの?」
そして、その中に一人、翠に声を掛けてくる人物がいた。
制服に大きな学生鞄とテニスラケットを持ったその女子生徒は、俺と翠を交互に見ながら不思議そうに首を傾げていた。
俺はその女子生徒に見覚えがあった。この前、終業式の日に翠と話していたクラスメイトだ。
髪の毛を団子に結んでいる特徴的な髪型だったので、ちゃんと俺の記憶にも留まっていた。
「ねえ、香澄! 今来たところ?」
「う、うん……。そうだけど……」
そして、香澄、と呼ばれた女子生徒は、戸惑いつつも返事をする。
「香澄、ここに来る途中に黒崎先輩を見なかった?」
そう問いかける翠に対して、そのお団子頭の女子生徒……香澄さんは考え込むように視線を彷徨わせる。
「黒崎さん……って、図書委員の人、だよね? ごめん、見てないけど……」
「わかった。ありがとう! あっ、そうだ。あたし、今日部活休むから適当に先生に言い訳作っておいて!」
「ええっ、ちょっと、みーちゃん!」
翠は引き留める香澄さんのことは振り返らず、また俺の身体を引っ張って駐輪場へ向かわせる。
そして、俺の自転車を発見すると、俺に運転しろと言わんばかりに「早く早く!」と急かしてくる。
俺は、そんな指示を忠実に従って、ロックを外してペダルに力を入れる。翠もいつの間にか後ろの荷物置きの場所に腰掛けて、がっちりと俺の腰に手をまわしていた。
勢いよく飛び出した俺たちは、部活で登校していた生徒たちの視線も関係なく、学校を後にする。
途中、ポカンとした顔で立ち止まっていた香澄さんに、翠は「それじゃあ、よろしくー」と伝言を残す。
「みーちゃん! 危ないよ! さっきも急に車が飛び出してきたりして危なかったんだよ!?」
「うん、わかってるー!」
「絶対わかってないって!?」
そんな香澄さんのツッコミも空しく、俺たちは二人乗りのまま颯爽と彼女の前を通り過ぎて行った。
果たして、ちゃんと香澄さんが翠のサボりをフォローしてくれるのか、ちょっと心配だったけど、今は考えないことにした。
学校の門を出ると、しばらくは下り坂だ。
俺は、せっかくの香澄さんからの忠告に耳を傾けようと、スピードが出すぎないようにブレーキを調整しつつ、事故を起こさないように細心の注意を払って前へ進んでいく。
「そういや、二人乗りするの久しぶりだっけ?」
そう呟く翠に、つい先日も別の女性を後ろに乗せたことを言いそうになってしまったのだが、それは余計なことだと思いとどまって、俺は「そうだな」とだけ返事をしたのだった。