「何、これ? あの人……勝手に帰っちゃったってこと?」

 後ろからメモの内容を見ていたらしい翠は、不満そうな声を漏らしながらも、張り詰めた空気を感じ取ったのか、不安そうに俺に尋ねる。

「……でもこれって、もしかして、あたしのせい……かな?」

 翠からすれば、自分のせいで紗季先輩が帰ってしまったと、そう思っているのだろう。

「いや、違うと……思う。ちゃんと、翠に対してもメモを残しているから……」

 断言はできないが、この文面からは翠のことを紗季先輩が気にしているのが伺える。

 普段の様子からじゃあ想像しにくいかもしれないけれど、あの人は『後輩』というものに対して非常に甘い。

 実際、翠のことだって普段からあれこれと聞いてきて気にしているようだったし、本人の口から「あの子はいい子だね」と、普段から翠のことを随分と気に入っていた素振りをみせていた。

 それよりも、俺にはこのメモに残された文章に、どうしようもない不安感を募らせてしまっていた。

「しばらくここに来られないって……どういうことなんだ?」

 なぜ、急にそんなことを言いだしたのか、全く俺にはわからない。

 それに、『全部任せることになる』とまで書いてある。

 もし、本当にそんなことになったら、また、俺は――。

「……納得いかない」

 すると、呆然とメモ用紙を握りしめていた俺の手を、翠は引っ張った。

「慎太郎! 追いかけるわよ!」

 そういうと、翠は無理やり引っ張って連れて行こうとする。

 突然のことで狼狽える俺とは対照的に、はっきりとした口調で翠は俺に言った。

「なんかわかんないけど、あたしは今あの人と話したい! じゃないと、全然スッキリしないもん!」

 俺は、流されるままに翠に連れられて、廊下を走る。