「……あれ?」

 翠が素っ頓狂な声を上げたと同時に、俺は全身に冷や汗が流れ始める。

 そこに、紗季(さき)先輩の姿はなかった。

 先輩のいない図書室の光景は、俺に嫌な記憶を思い出させる。

 まるで、紗季先輩の死んでしまった世界を突きつけられたようだった。

「……いないわね、黒崎(くろさき)先輩」

 しかし、(みどり)はどこか暢気な様子で辺りを見回す。

「準備室にでも行ったのかしらね?」

 あっけらかんとそう言った翠のおかげで、俺はすぐに動いて図書準備室へと向かう。

 そうだ、俺は、何を焦っているんだ。

 いきなり、紗季先輩がいなくなるなんてことが、あるわけないじゃないか。

 そんな期待を込めて、図書準備室の扉を開けるが、部屋の中には誰もいなかった。

 俺の心臓の鼓動が、どんどんと速くなっていく。

 準備室から出てきた俺を、翠が怪訝そうな顔で見つめてくる。

「……慎太郎(しんたろう)。あんた、顔色悪いわよ?」

 俺の顔を覗き込むようにして、翠が心配そうに声を掛けてくる。
俺の様子がおかしいことに、翠も気付いてしまったようだ。

 俺は、そんな翠の肩を持ちながら、必死に呼びかける。

「頼む、翠っ! 紗季先輩を一緒に捜してくれ……!」

「ちょ、どうしたのよ!」

「いいから早く! じゃないと先輩が……!」

 この世界でも、いなくなってしまうかもしれない!

 そんな焦りから、俺は翠の身体に縋り付くように握ってしまう。

「慎太郎……あっ」

 と、そこで翠が何かに気付いたようだった。

「ねえ、慎太郎。あれ……カウンターの机に何か置いてない? 鍵、かな?」

 そう言われて、俺もカウンターの机に視線を向けると、確かに翠の言う通りキーリングが置いてあって、そのリングには二本の鍵が付いてあった。

 それは、紗季先輩が持っていた図書室の鍵だ。二つ付いているのは、図書準備室の鍵も付けられているからだ。

 そして、その隣にはメモ用紙が置いてある。

 俺は、すぐにメモ用紙を手に取ってみると、そこには俺に向けた紗季先輩からのメッセージが書いてあった。


 慎太郎くんへ。
 すまないが、今日は先に帰らせてもらうことにしたので、鍵の管理を任せることにしたよ。

 それと、もしかしたら私は、しばらくここに来られないかもしれない。

 だから、これからの図書室の開放については、できればきみに任せたい。

 色々と頼んでしまうことになるけど、あとは頼んだよ。

 P.S.
 三菜(みな)さんには悪いことをしてしまったと、きみからも謝っておいてくれると嬉しい。

 本当は、私が直接謝るべきなんだろうけどね。