「あたし、あの人に謝りに行くから慎太郎も付いてきて。じゃないと、あたし謝らない」
日陰になっている休憩所のベンチで、しばらく夏の日差しから隠れていた俺たちだったが、翠の一言で図書室へと帰ることになった。
翠の言い分は多少捻くれてはいるものの、暴力を振るってしまったことについては反省しているのか、謝罪はちゃんとすることに決めたらしい。
「それに……あたしが見たことも、まだちゃんと聞いてないしね」
どうやら、そのことに関しても、まだ話を聞くことを諦めていないようだった。
実は、俺も少し気になってはいたのだ。
先輩は肯定しなかったとはいえ、あのとき、翠の質問に対して謝罪の言葉のようなことを述べていた。
あれは、どういう意味の謝罪だったのだろうか。
「慎太郎。あたしがまた手を出しそうになったら絶対止めなさいよ。じゃないと、あたしが負けた気がするから」
その理屈はどうかと思うが、俺も問題沙汰をこれ以上は起こしたくないので、やむなくその申し出を受け入れることにした。
「ってか、翠。どうしてそこまで拘るんだよ。その、先輩が……」
「もしかしたら、援助交際してるかもしれないってこと?」
もう隠す気がないのか、堂々と学校の廊下でそんなことを口にする翠。
「だって、そんなことをしてる人に、あたしの大事な友達を渡すわけにはいかないもの」
それは……俺のことを考えてくれている行動であることは間違いないかもしれないが、その発言があまりにもストレートすぎて、聞いているこっちのほうが恥ずかしくなってしまう。
だけど、それが翠という人間であることもまた、俺はよく知っている。
「だから、慎太郎。もし、黒崎先輩が認めたら、あんたはあの人のことを嫌いになりなさい。わかった?」
俺に対しても念押ししてくる翠に圧倒されて、俺は思わず首を縦に動かしてしまった。
まあ、翠には俺の紗季先輩に対する想いをすでに伝えてしまったのだ。今更恥ずかしがったところでどうしようもない。
「なあ、翠。さっき話したことなんだけどさ……」
ただ、念のために翠には釘を刺しておこうとしたのだが、翠は話の途中で若干呆れた顔をしてため息を吐いた。
「言うわけないでしょ。あたしだって、そんな趣味の悪いことはしないわよ。まあ、あんたが黒崎先輩にちゃんと自分で告白するなんて、何年かかるかわかったもんじゃないけどね」
それを聞いて、俺は胸をなで下ろすが、その様子を見ていた翠は、ちょっとだけ不満そうに腕組みをして「まったく……」と声を漏らした。
そして、そんなことを言っている内に図書室の前まで到着して、扉を開ける。