「ねえ、慎太郎……。言っとくけどさ、あたし、別にあんたのことが好きとか、そういうのじゃないから」
しかし、その内容はあまりにも突拍子だったので、やはり俺は黙ったままでどう反応するのが正解なのか、わからないままだった。
「だけど、もしあんたに恋人とかできたら、ちょっとムカつく」
「……なんでだよ」
さすがに、それは理不尽すぎないだろうか?
「あたしにも、わかんないわよ。でも、多分、慎太郎がどこか遠くに行っちゃうような気がして嫌なんだと思う。あたしの知ってるあんたじゃなくなるのが、あたしは少し怖い……。特に……あんたが黒崎先輩と関わり始めてから、慎太郎がどんどん変わっていくのが、怖かった……」
紗季先輩の名前が出たことで、俺は少し身構えて答えた。
「別に、俺はそんな風には思わないけど……」
「変わったよ。少なくとも、ずっと一緒にいたあたしから見たらね」
だから……と、翠は一息ついてから、目の前を見つめ続けながら呟く。
「多分、悔しかったんだよ。あたしの知らない慎太郎にしていく黒崎先輩の存在が、本当に悔しかった。あの人といるときはさ、あんた、自然に笑ってるのよ」
どうせ、気づいてないだろうけどさ……と、翠は不満そうに付け加えた。
「それを見てるとさ、あたしは、ずっと一緒にいたのに、慎太郎のことを理解してあげられないんだろうなって、いつも思い知らされた。そういう意味じゃあ、あたし、あの人に嫉妬してたんだろうね……」
ぐすっ、と鼻をすすった翠だったが、もう彼女の瞳に涙は浮かんでいない。
俺には、翠の気持ちに口を挟む権利などないし、今回のことだって、翠を責めるつもりはなかった。
「なあ、翠……」
だが、どうしても、伝えておきたいことがあった。
「俺、お前のこと、ずっと凄いって思ってたんだ」
「……えっ?」
そう伝えると、翠は一瞬息をのんで、俺のほうへ視線を向けた。
不思議そうな顔を浮かべている翠に対して、俺は今の自分の気持ちを、ありのまま伝える。
「翠はさ、ずっと俺の友達でいてくれたんだ。多分俺は、そうじゃなかったらとっくに自分が壊れていたはずなんだ。だけど、もう駄目だって思ったとき、それを見計らったように翠が構ってくれてさ……。なんでいつもこのタイミングで? って思ってたけど、その答えがやっとわかった気がする」
俺は、ずっと翠に支えられてきた。
特に、紗季先輩がいなくなってからの日常は、俺にとってはただただ虚無の世界を彷徨っているような感覚で、生きている実感すら遠のいていきそうになったときだってあった。
だけど、そんなときに限って、翠はいつも俺を馬鹿みたいにしつこく構ってきた。
大学生になっても、翠は堂々と俺のことを「あたしの友達」だと、そう周りに言っていたことを、俺は知っている。
俺のことなんてほっとけばいいのに、翠はずっと俺の存在を消さなかった。
あの日、夏祭りに誘う相手がいなかったというのも、おそらく嘘だ。
翠なりに、俺に気を遣って誘ってくれたんだろう。
そして、俺を前に進ませようとした。
残念ながら、そのときの俺は、翠のそんな気持ちに応えることができなかったけど、多分、翠なら何度も、俺が変わるまでずっと、相手をしてくるだろう。
「翠……ありがとな。ずっと俺と、友達でいてくれて」
今、俺が伝えられることはこれで精一杯だけど、それでも、ほんの少しでも翠には俺の気持ちを伝えたかった。
翠が俺に、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくれたように。