「教えてください、黒崎先輩。あなたは……慎太郎が好きなんですか?」
もう一度、翠は同じ質問を紗季先輩にする。
だが、翠は先輩が質問に答える前に、さらに話を続けた。
「黒崎先輩。あたし、見ちゃったんです。あなたが男の人と、いかがわしいホテルに入っていくところを……」
それは、俺が喫茶店で翠から聞いた話だった。
「おい、翠! お前、いい加減に――」
「慎太郎は黙ってて!!」
図書館に響き渡るほどの大声で、翠は叫ぶ。
そして、その怒りの感情の矛先は、俺ではなく、紗季先輩に向いてしまっている。
「黒崎先輩……あたしは……慎太郎のことを、よく知っています。こいつは……全然友達もいないし、自分から輪に入ろうともせず、ずっと斜に構えているような……どうしようもない奴です」
話している最中、翠は何かを我慢しているかのように、ジャージのズボンをぎゅっと握っていた。
「……だけど、慎太郎は、本当は馬鹿が付くくらい……優しい奴なんです。あたしが友達と喧嘩したときとか、落ち込んだ時があったりすると、絶対に気付いてくれて、傍にいてくれたんです……。だから、あたしは……そんな慎太郎が幼なじみでいてくれて、本当に良かったと思っています」
翠は肩を震わせて、目から涙をこぼしていた。
正直、俺は、一体いつの話をしているのだと思ってしまった。
確かに、小さい頃の翠は、やんちゃで自我が強かった故に、彼女の友達とも度々衝突することがあった。
一時期は、明らかに俺から見ても翠を仲間外れにしようとしている雰囲気がクラスの中であったりもした。
そんなときに、俺が偶然、翠の傍にいただけだ。
もっと自分が上手く立ち回れたならば、翠を仲間外れにしようとした奴らを探し出して問題を解決しようとだってするだろうが、あいにくと俺にはそんなヒーローじみたことはできない。
それに、気づいたときには翠は元の仲良しのグループに戻って平穏な学校生活を続けていたというのが俺の印象だ。
だから、翠が言うような、俺が『優しい奴』だなんて、勘違いもいいところのはずなのだ。
それなのに、翠の話を聞いた紗季先輩は、にっこりと笑みを浮かべた。
「ああ、よく知ってるよ」
透き通るような、嘘偽りのない返事だった。