「……翠」
その手には、この前借りて行った課題図書が握られている。
もしかして、その本を返却するために図書室に寄ったのだろうか?
だとしたら、あまりにもタイミングが悪すぎた。
だが、それを俺たちが責めることなどできるはずもない。
最初は目を見開き驚いていた翠の表情は、みるみるうちに怒りに満ちたものへと変わっていく。
「やっぱり、そういうことだったんだ……」
何故か、翠の声は震えていて、そこには嫌悪感を隠すつもりなど毛頭ないといった雰囲気が漂っていた。
「ちがっ……これは……」
翠が現れたことで、俺の頭は混乱してしまう。
だが、翠はそんな俺にはお構いなしに、今度は紗季先輩のほうへと視線を向ける。
「黒崎先輩……こんな場所で、そういうことをするのは非常識だと思わないんですか?」
翠は、まるで紗季先輩に恨みでもあるかのような棘のある言い方で攻め立てる。
「…………」
先輩は、何も答えなかった。
「黒崎先輩……ちゃんとあたしの質問に答えてくださいよ」
翠は、ますますイライラした様子で顔を歪めた。
「おいっ、待てよ、翠」
さすがに看過できなかった俺は翠に反論する。
「今のは、俺が先輩を……!」
「……じゃあ、慎太郎。あんた、黒崎先輩は付き合ってるの?」
それは、今の俺たちの状況に対して、確信を突くような問いかけだった。