「慎太郎くん……私は…………」
先輩の声が、脳内で反響する。
先輩が、俺を抱きしめる力を強くする。
俺の胸に顔をうずめて、表情を見えないようにしている。
だけど、俺は先輩が泣いていることがすぐにわかった。
声だって出ていないし、きっと涙だって流していない。
それでも、彼女はずっと、泣いていたのだ。
こんなに、先輩の存在が小さく感じたのは初めてだった。
触れてしまえば、すぐに壊れてしまうシャボン玉のように、儚くて脆い存在のように思えた。
「……慎太郎くん」
そして、甘えるような声で、俺の名前を呼びながら、うずめていた顔を俺に向ける。
ずっと、大人だと思っていた先輩が、小さな子供の女の子になった瞬間だった。
俺は、触れている先輩の黒い髪の上から、頭をそっと撫でる。
先輩の髪は、近くで見ると本当に綺麗だった。
「……んっ」
先輩は少しくすぐったそうにして、時々声を漏らす。
そして、段々と頬が赤くなっていく先輩の瞳が、水面に映る月のように蕩けていた。
――俺は……ゆっくりと、先輩の顔を近づける。
――そして……。
「慎太郎……あんた……」
その瞬間、俺の後ろから扉が開く音と共に、彼女の声が聞こえた。
俺は、咄嗟に音が聴こえたほうに、振り返る。
そこには、ジャージ姿で呆然としている、翠の姿があった。