「おっ、慎太郎にしては早いじゃん。偉い偉い」
ただ、その笑みの理由は、俺がちゃんと言われた通りに迎えに来たからだけではないことはすぐに分かった。
「じゃじゃーん。どうよ? 慎太郎、この浴衣」
玄関の前で下駄を履いた翠は、軽やかにくるんと一回転する。
大学生になってから染めた茶色の長い髪が、ふわっと宙に浮き、甘い香りが漂う。
そして、白を基調とした生地の上に藍色の花模様が描かれた浴衣姿は、いつもの大雑把な翠の性格とは相反するもので、非常に落ち着いた雰囲気を身にまとっていた。
「……ねえ、こういうときは感想くらいすぐ言って欲しいんだけどー」
むぅ、とあからさまに口を膨らませる翠に対して、俺は弁明するように彼女に告げた。
「まぁ、似合ってるんじゃないか?」
「わー、出たよ。慎太郎のそのテキトー発言。全く、これだから慎太郎は……」
はぁ~、と大袈裟にため息をついて首を振る翠。どうやら俺の感想はお気に召さなかったようだ。
「まぁ、いいや。最初から慎太郎にそんなの期待してなかったしね」
そういうと、翠は玄関から外に出る。
「ほら、行くわよ。今日は慎太郎にいっぱい屋台で奢ってもらうんだから」
「いや、そんな約束してないだろ?」
「してなくてもいいの。慎太郎はこんなに可愛くて美人な幼なじみと一緒にお祭りに行けるんだよ? それくらいやって当然だと思うけどなー」
「お前な……」
誘ってきたのはそっちだろ……と言いたいところだが、長い付き合いであるがゆえに、逆らっても仕方がないことも知っているので、俺は大きなため息を吐くだけだった。
「お母さんー、それじゃあ、行ってくるねー」
リビングから「気を付けるのよー」というおばさんの声を聞くと、翠は俺の手を引いて「そんじゃ、行こ」と自分の家の玄関を後にした。