前途多難、のぞみがそう思った通り、ふぶきは次々と他の子どもたちと衝突した。
 しかもそれにいちいち伊織が口出す。
 これではうまくいくはずがなかった。
 困り果てたのぞみは、えんの世話を終えたサケ子に助けを求めた。
 そのサケ子が出した結論は、部屋を分けてしまうことだった。
「大神さま一族を敬うのがあやかしの常識だというのは正しいけれど、普通のあやかしはそもそも大神さま一族にお目見えする機会なんてないからね。ましてやまだ小さいあの子たちにそれらしく振る舞えなんて無理な話さ。でも向こうは特別扱いが当たり前、……一緒にしてうまくいくわけがない」
 二間続きの部屋の間に襖を入れてしまって分けてしまえばいいという。
「……それじゃあふぶきちゃんがいつまでも園に馴染めそうにないですね」
 相談しておきながら、のぞみはその案にあまり賛成できなかった。
 空間を分けてしまえば確かにトラブルは減るだろう。
 でものぞみはふぶきにあやかし園で楽しくすごしてほしいのだ。とてもそれで解決だとは思えなかった。
「……まぁ、もう少し様子を見ようか」
 サケ子の言葉に、頷くしかできなかった。
 のぞみはその後何度も、ふぶきが子どもたちの輪に入れるように働きかけたが、うまくいかなかった。
 そしてお弁当の時間、またひと騒動あった。
「のぞ先生今日のお弁当はなあに?」
 午後九時と少し前、一直線に並べられた座卓の周りで子どもたちがぴょんぴょんと飛び跳ねて、お弁当が並べられるのを今か今かと待っている。
 のぞみは座卓を丁寧に拭きながら、くすりと笑みを漏らした。
「なんだったかなー? 楽しみにしててね」
 本来あやかしには、ぞぞぞ以外の食べ物は必要ないのだという。
 だが人間が作る食べ物も美味しいとは感じるようでおやつのような楽しみとして食べるあやかしも多いのだという。
 あやかし園では商店街のお弁当屋から毎日お弁当を届けてもらうことにしていた。
 子どもたちの大好きな時間だ。
 やがてお弁当が並べられると子どもたちは思い思いの場所に座る。
 相変わらずひと部屋をふぶきが陣取っているから、少し狭いが仕方がない。
 のぞみはふぶきに向かって声をかけた。
「ふぶきちゃんもお弁当を食べよう。こっちに来れそう? それともそこで食べる?」
 するとふぶきは、意味がわからないというように、眉を寄せて首を傾げた。
「……なにを言っておる。いったいなにを食べるのじゃ?」
「お弁当だよ、美味しいよ」
 のぞみが彼女に答える後ろで子どもたちが次々に蓋を開ける。途端に歓声があがった。
「わぁ! オムライスだぁ!」
「美味しそう!」
「早く食べたい!」
 そんな子どもたちとは対照的に、ふぶきは口元を袖で覆うとみるみるうちに真っ青になり唇をワナワナと震わせた。
「ま、まさか、人間が作ったものを食べると申すのか? ぞぞぞ以外のものをわらわに食べさせようというのか!」
 その剣幕にのぞみはしまったと思う。
 御殿に住むあやかしはぞぞぞ以外は食べないのか。
「ふぶきさまは内親王さまであられますゆえ……」
 そこへ伊織がまた口を挟もうとする。
 それをサケ子が遮った。
「失礼いたしました。もちろん内親王さまにおすすめできるようなものではありません。こちらの襖を閉めさせていただきますゆえ、ご容赦を」
 そう言ってそそくさと襖を閉めだした。
「え? あ、あの……」
 のぞみはそれを静止しかける。完全にシャットダウンしてしまうのではなく、ちゃんと説明した方がいいのでは?と思ったからだ。
 でもそののぞみの目に、弁当を前にしょんぼりとしてしまった子どもたちの姿が映り口を噤んだ。
 子どもたちはまるで叱られた時のようにバツが悪そうにしている。
 のぞみの胸がズキンと痛んだ。
 あやかし園のやり方と御殿の常識、どちらが正しいというものでない以上、衝突は避けられない。
 そして衝突すれば、どちらも嫌な思いをするのだ。
「オムライス、嬉しいな。先生大好きなんだ。皆は?」
 襖が完全にぴちりと閉まるのを確認してから、のぞみは気を取り直して子どもたちに声をかける。
 皆少しホッとしたように、小さな手を合わせた。
 その子どもたちを見つめながら、のぞみは急速に自信がなくなっていくのを感じていた。
 焦らずにやればなんとかなるはず。
 ……でも果たして、あやかしのしきたりをろくに知らない自分になんとかできるものなのだろうか。