「ただいま~! 子どもたち、皆今日もいい子にしてた?」
 お母さん役の子がそんな言葉を口にして、おままごとはスタートした。
「おかえり、お母さんお腹すいちゃったよう」
 ふぶき以外の子どもたちも皆思い思いにそれぞれの役を演じだす。
「お父さんも、おかえりなさい」
「皆いい子にしてたよう」
「今日はぞぞぞ、たくさん取れた?」
「早く食べたいよう」
「はいはい、ぞぞぞですよ、たくさんお食べなさい。それにしてもうちの人は、あいかわず稼ぎが少ないんだから。これじゃ一家揃って消えちまわなきゃいけないよ。もっと気合を入れて働いとくれ!」
 子どもたちの普段の生活が垣間見える言葉の数々に、のぞみは思わず笑みを漏らす。
 おままごとに関しては、時々聞くのが申し訳なくなるほどに赤裸々なセリフが飛び出したりすることもある。
 聞かないフリをしなくてはと思いつつ、のぞみはいつも微笑ましい気持ちになるのだ。
 だが子どもたちのそんな無邪気なやり取りに、ふぶきが唐突にストップをかけた。
「待て待て、それはおかしい。わらわのお母さまはぞぞぞを取りに行ったりはせん。お父さまもじゃ。やり直せ」
 その言葉に子どもたちは唖然としている。
 また伊織が口を挟んだ。
「ふぶきさまのご両親は、大神さまとおゆきの方さまです。当然、自らぞぞぞを取りに行かれることはございません。ふぶきさまが召し上がられるぞぞぞは各地のあやかしたちから献上されたものにございます」
「ぞぞぞは召使いが運んでくるものじゃ」
 ふぶきが満足そうに頷いた。
「そ、そうなんだね」
 のぞみは、顔を見合わせて首をひねっている子どもたちに代わって相槌を打つ。
 お互いにちょっとしたカルチャーショックを受けている状態だといえるだろう。だが育った環境が違うのだからこれは仕方がない。
 のぞみは皆に向かって語りかけた。
「ふぶきちゃんのお家はそうなんだね。びっくりだけど、そういうお家もあるんだね」
 子どもたちは素直に頷いた。
 のぞみは今度はふぶきに向かって語りかけた。
「この保育園に通う子たちのお父さんやお母さんは、直接自分たちでぞぞぞを取りに行くんだよ」
 するとふぶきは目をパチクリさせる。
「ぞぞぞを自分で?」
「そう」
 のぞみが頷くと、今度は袖で口元を覆い、眉を寄せた。
「……卑しい」
「……え?」
「ぞぞぞを自分で取りに行くのは卑しいあやかしのすることじゃ。召使いの蛇娘たちが言っておった。伊織、ここは卑しいあやかしたちが集まる場所なのか? なぜわらわをこんなところへ連れてきた」
 のぞみは一瞬、彼女の言葉の意味を正確には理解できなかった。
 そもそも御殿のあやかしたちが直接ぞぞぞを稼がずに、献上されたものを食べているというのもはじめて聞いた話なのだ。
 あやかし界の常識に頭がついていけていない。当然ながらそんな状態では子どもたちに対してうまくフォローすることもできなかった。
 そののぞみより先に、子どもたちが反応した。
「なんだよそれ!」
「お母さんは卑しくないもん!」
"卑しい"という言葉に反応して皆、怒り心頭だ。
 それは仕方がない話だった。
 以前この辺りであやかしの子どもたちを好き放題に食らっていたあやかしヌエを大人たちは"卑しいあやかし"と子どもたちにおしえていた。
 その言葉をよりによって自分たちの親に使われて、黙っていられるはずがない。
「ふぶきちゃんのお母さんこそ、ぞぞぞを自分で取りに行かないなんて、怠け者なんじゃないの!」
 そんな言葉まで飛び出した。
「ぶ、無礼ではないか! わらわのお母さまは怠け者などではない!」
 ふぶきも負けてはいなかった。真っ赤になったほっぺたを盛大に膨らませて皆を睨む。
「わらわの母上さまは、お前たちの親よりも何倍も何百倍も素晴らしい方なのじゃ!」
「なによ!」
 場が一気に険悪になる。
 そこへ伊織がすまし顔で割って入った。
「これ、子ども。お前たちの親がどうだろうとどうでもよい。そもそも内親王ふぶきさまの御前でそのように騒ぐものではないのだ。そんなことでは卑しいあやかしと言われても仕方がない」
「そんな伊織さん……!」
 今度はのぞみが声をあげる。
 あやかしの常識はともかくとして子どもたちを貶めるような発言は許せない。それに子どもたちの喧嘩にこのような形で介入されては、どんどんこじれていくばかりだ。
 案の定、子どもたちが怒り出した。
「じゃあ、もういい! ふぶきちゃんとおままごなんてしない!」
「私も!」
 次々に抜けてゆくのを、ふぶきは当然だというように平然として見ている。
 かの子だけがその場に残り、のぞみの腕にくっついたまま呟いた。
「また喧嘩になっちゃった」
 焦らずに。
 そう思ってはいるものの、これは前途多難すぎるかも。
 のぞみは眉を下げて、心の中でため息をついた。