ルイスがライアンを知ったのは、約一年前だった。

『極めて優秀な治癒魔法を使う魔法使いがいるらしい』

 リリにその噂を聞いてすぐ、ルイスは家に急いだ。

 屋根はあると、言えるようで言えない場所に、清潔感を失ってしまった一つのベッドがある。

 そのベッドに横になっている少女は、咳を繰り返している。

 病人を寝かせる環境ではないことをわかっていながら、ルイスは病院に連れて行ってやれなかった。

 連れて行きたくとも手段はないし、金銭的な関係で、病院には行けなかった。

 自分の非力さを責めながら、ルイスは少女のために綺麗な水を用意する。

「レイラ、大丈夫か」

 妹のレイラを呼ぶと、レイラはゆっくりと体を起こした。

 ルイスはレイラが倒れてしまわないように、近くの小さな棚にコップを置き、背中を支える。

 軽い背中に、力を入れてしまえば怪我をさせてしまいそうで、ルイスは慎重になる。

「ごめんね、お兄」

 ルイスが変に緊張していると、レイラが小さな声で言った。

 それはますます、ルイスに無力であることを思い知らせていた。

「なんでレイラが謝るんだよ。その必要はないって、いつも言ってるだろ」

 ルイスは悔しさに歪む顔を見せたくなくて、レイラに背を向ける。

 そのついでに取った水をレイラに渡すと、レイラは少しずつ飲んでいく。

 三口ほど飲むと、レイラはコップから口を離す。

「だって、私のせいでお兄は危ない仕事をしてるんでしょう?」

 レイラが不安な表情を見せると、ルイスはそれを忘れさせるように、レイラの髪をぐしゃぐしゃにした。

 レイラは力強くコップを持ち、水がこぼれないようにする。

 なにかを守るために一生懸命になる。

 レイラが水を守っていた姿は、ルイスががむしゃらに頑張る姿と似ていた。

「気にするな。俺はあの仕事を気に入ってやってるから」

 そう言っても、レイラはもうしわけなさそうにしている。

 ルイスはレイラの気分を変えるためにも、新たな話題を探す。

「そんなことより、今日いいことを聞いたんだ。レイラの病気を治せるかもしれない魔法使いがいるらしい」

 レイラは顔を上げた。

 その目には希望が宿っている。

「そんなに嬉しいか」

 ルイスもつられて嬉しくなり、笑みがこぼれる。

「だって、私が元気になったら、お兄が命をかけて働かなくてもよくなるでしょ?」
「だから、俺は魔獣狩りを気に入っていると言っただろ」

 ルイスが改めて言うと、レイラはそうだったね、と笑った。

 だが、それはすぐに消えた。

「でも、その魔法使いさんにお願いするって、お金は大丈夫なの? ただでさえ、薬代とか……」

 レイラはいつまでもそれが気がかりで、体調が悪いことを隠すこともあった。

 しかし隠したところで悪化し、ルイスに余計に迷惑をかけると知ってからはきちんと申告するようにはなったが、その心配は大きくなる一方だった。

「レイラのためなら、俺はいくらでも頑張れるから。心配するな」

 そう言ってレイラの髪を撫でる手は、とても優しかった。

 だからこそ、レイラは泣きたくなった。

 だが、自分には泣く資格はないと思い、涙を隠すように、ルイスに抱き着いた。