第二章 瞳美と真名人


それからの日々、私は歌が経験できなかった高校受験、そして大学受験を普通に乗り越えて大学生になった。
親友の歌がいなくなってから、自分がどうやってまた仲良しの友達をつくって、部活や勉強を頑張って、大変だった受験生活を乗り越えたのか、自分でもはっきりと覚えていない。覚えていないというか、ただただ全てが惰性のように流れてゆく日々の中で、これまた惰性のように勉強し、誰かと楽しくおしゃべりして、クラスメイトの輪からあぶれない程度には部活の話もできるようにしていたのだ。変わってゆく友人関係と移りゆく季節に、耳を澄ませ、心をひっそりと鎮めて、私も毎日ちょっとずつ進んだ。


その甲斐あってか、私は隣の県の、巷では有名な国立大学に進学した。

「お母さん、E大学受かったよ」

書店でパート中の母に、最初に連絡を入れたのは、一人で受験した大学まで、掲示板に張り出された合格者一覧を見に行った帰りだ。

『ええっ!』

本当は、受験番号を見つけてすぐに、母に連絡しようと思った。
けれど、周りではE大学に合格して歓喜の声を上げる人たちがわんさかいて、私はその声に胸が押し潰されそうになっていた。
わーきゃー四方八方から飛んでくるはしゃぎ声を耳が捉えるたびに、頭がぎゅうっと締め上げられるみたいな発作が起きた。

それは、生まれた時から変わらない私の性質なのだけれど、歌がいなくなってからは、より激しく感じられるようになってしまった。
彼女がこの世に存在している間は、彼女と一緒におしゃべりしたり遊んだりすることで、私の世界は満たされて、いっぱいいっぱいだったから。周りの煩い音なんて聞こえないぐらい、毎日輝いていたから。

それがなくなった途端、ストッパーが外れてしまったみたいに、誰かがヒソヒソ声で話す声や、道を走る車のエンジン音、飛行機やヘリコプターが飛んでゆく音、雨の音、虫の声、その全てが私の体力を奪い、心の底から落ち着くことができなくなった。

もちろん、大好きだった彼女でなく、別の新しい友人と楽しく過ごしている時、それは少しだけ和らいだ。

でも、本当に少しだけ。

心が安定していても、やはり何もかもがうるさくて、やるせなくなる。
きっと彼女は、私にとってライナスの毛布だったのだ。
彼女と一緒にいる時だけ、安心できる心のシェルター。
私はそんなライナスの毛布を、今でもずっと探し求めている。