「お客様、誕生日プレゼントか何かをお探しですか?」

ジュエリーショップには一度だけ足を運んだことがある。それこそ、瞳美の22歳の誕生日にはそこそこの値段のするネックレスをプレゼントした。
その時も、ショーケースに並ぶキラキラのアクセサリーを見て、たじろいだ記憶がある。知識ゼロの自分が彼女が満足してくれるようなプレゼントを選べるかどうか分からず、緊張していた。緊張しすぎて、何度も店に入っては出て、を繰り返していると店員さんから「大丈夫ですか?」と心配されほどだ。

今日も二年前と同じように、いやそれ以上にバクバクと鳴る心臓を抑えながらジュエリーショップに立っている。何しろ婚約だ。前回も確かに緊張したけれど、こちらは一生に一回しかないプロポーズに添える花。店員さんから声をかけられた時にはもう、心拍数がピークに達していた。

「あ、いえ、婚約指輪を探してるんです。こういうの疎くて迷ってるんですけど……」

「婚約指輪」という部分に照れながら店員さんに伝えると、ハキハキとした喋り方が特徴的な店員さんが「まあ」とわざとらしく驚いてくれた。ジュエリーショップなのだから、婚約指輪を買いに来る人は多いだろうに。と、穿った見方をしてしまうのは、ひねくれている証拠なんだろうか。

「彼女さんの指輪のサイズはお分かりですか?」
「詳しいサイズは分かりませんが、この前こっそり測ったら4.7cmぐらいでした」
「それなら」と、店員さんは店舗の奥から指輪のサイズ表を持ってくる。
「恐らく、7号ぐらいかと思います」
「なるほど」
指周りのサイズと指輪のサイズが一致したところで、店員さんが様々な指輪を手に取り、一生懸命それぞれの指輪の特徴を説明してくれた。

婚約指輪なんて、ここに来る前は全部変わらないものだと思っていたのに、リングの色からダイヤの大きさ、ダイヤ以外のデザインのものまで見るべき点はたくさんあった。
他とは一風変わった色やデザインのものを選ぶのも一つだったが、彼女の好みが完全に分かるわけではないため、店員さんのひと押しにより、結局もっともオーソドックスなダイヤの煌めくプラチナの指輪に決めた。

お会計の最中に、ショーケースから取り出された指輪が丁寧に包まれる様子を見て、緊張と安堵がごちゃまぜになるという、何とも言えない感覚に陥った。

「ご購入いただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、アドバイスありがとうございます」
「プロポーズ、応援しています」

店の前で商品を受け取り一息。
にっこりと笑って送り出してくれた店員さんの態度に心地良さを感じながら、店を後にした。


家までの帰り道、手にした小さな紙袋の中身をどうやって彼女に渡そうかずっと考えていた。
せっかくプロポーズをするのなら、普段と違う時間を過ごしたい。
そう考えて、すぐに思い浮かぶ場所が一つだけあった。
一度瞳美と行く約束をした場所。
今度こそ、彼女と一緒に行こう。彼女の耳が聞こえなくても、俺が彼女の手を引いていく。それが一緒に生きるということだから。


はやる気持ちを抑えて家まで帰り着くと、瞳美はすでに家に帰っていた。
ガチャッとドアを開けても、いつも通り彼女には聞こえない。普段二人でご飯を食べているダイニングルームへと続く扉を開け、彼女が俺の姿を捉えて初めて、「おかえり」と手話で言ってくれる。つられて俺も、覚えた手話で「ただいま」を伝える。

「瞳美、今週末一緒に桜川に行こう」

ジャケットを脱いでハンガーにかけながら、早々にそう告げた。声を出さずとも、急な提案に目を丸くする彼女。その表情を見るだけで、驚きの裏から溢れる「嬉しい」という気持ちが分かり、ほっとした。彼女が話せない分、表情や仕草を一つも逃すまいと思いながら過ごしてきた自分の感覚だから間違いない。


彼女の頭に、そっと手を添える。頭一つ分ぐらい身長の低い彼女。女子の中では平均的な背丈だろうが、俺から見れば小さく感じる。その、小さな身体で受け止めなければならなかった過酷な現実を一緒に乗り越えてきた。だから、これまで頑張ったな、と言いたい。ただ口にするのでは伝わらないから、こうして頭を撫でて伝えようとした。
これからも乗り越えよう。
俺と一緒に。