「昨日の講義でさ、彼女と会ったよ」

「は、まじで?」

明滅するテレビ画面を見ながら、中島は頓狂な声を上げた。
剣を持ち、帽子に白い羽をつけた主人公が、目の前の敵をバサバサと斬っては前進する。人ん家で勝手にテレビゲームなんかやるのかよ、という俺の呆れを無視して、彼はこうして僕の家で一人でゲームに勤しんでいる。

「ああ、マジもマジ。昨日たまたま講義で席が隣だったんだ」

「へえ、そりゃすごい。一年分の運を使い果たしたんじゃね?」

とりゃあっ! 

と、ラスボスの一歩手前ぐらいの大物と対峙している彼が、画面から目を離さずに俺の話を聞く。まったく器用なやつだ。こんな時ぐらい、会話に集中したらどうなのか。

大体ここは俺の実家の部屋であり、一人暮らし大学生の下宿でもない。俺も中島も実家から通っている身分なので、休日家で遊ぶとなれば、中高生みたいにどちらかの家を使わせてもらうしかないのだ。それが今回、俺の家だったわけで。
いつ下の階から母親が俺の部屋のある二階まで上がってくるのか分かったもんじゃないのに。

「たとえ一年分の運を使い果たしたとしても、本望だわ」

「ふっ。そんなこと言ってられるのも今のうちだぜー」

おおっ、こいつ強いな。

ラスボスの一歩手前の怪物を相手に苦戦しているらしい中島は、「くうっ」とか「うわあっ」とかいう苦しそうな悲鳴を上げている。
演技派な奴め。
土曜日の昼間からくだらないゲームなんかしてこれだけ夢中になれる彼を、俺は心底尊敬する。第一このゲーム、俺が小学生の時に流行ったやつだぞ。

「てかさ、そろそろゲームやめないか?」

「え〜、今いいところなのに」

よっしゃー! と、ようやく大物を打ち破った彼がガッツポーズを決めている。残すはラスボスのみ、という状況で彼はなかなかコントローラーから手を離せないらしい。

「楽しみは後にとっておけよ」

「このゲームより楽しい現実があればなぁ〜」

「楽しい現実なら、あった」

「あったって? お前に?」

どれどれ、ちょっくら話を聞いてやろうと、とても暇を持て余している村長にでもなった気分なのか、彼はあれほど夢中になっていたゲームを一旦データセーブして俺の方を向いた。
彼の口には俺が用意したバー○ロール。そう、うまいよな。バー○ロールのうまさを分かってくれて俺は嬉しい……と、そんなことじゃなくて。

「ああ。実はさ、彼女の連絡先を聞いたんだ」

「お、お、おおっ!」

まじかよ、すげーじゃん! と素直にはしゃぐ中島を見て俺は少しばかり照れる。

「そうなんだ。とっさに連絡先聞こうって思ったのはお前のおかげだからさ、ありがとな」
代わりに約束通り出席カード出しておいたよ、というのはきちんと伝えておく。

「いや〜まさかこんなに早く実行するなんて、正直思ってなかったわ。なんつーか、良かったじゃん」

中島は、先ほどまでゲームのコントローラーを握りしめいていた手で俺の肩をポンポンと叩く。意外と力強く叩かれてちょっと痛い。でもその痛みがなぜか気持ち良かった。

「なんか進展あったらまた教えてくれよ」

「おう、もちろん」

おそらく彼は、この間俺に言ったように、本気で俺を出し抜いて雨宮さんと仲良くなろうとなんて思っていないはずだ。俺を鼓舞するために、自分をだしに使ったのだ。
適当に生きていそうで、実は友達のことを一番に考えている。
それが彼の良いところだということを、高校三年間同じバスケ部で頑張ってきた俺は知っていた。

「デートから初めての夜まで、俺がしっかり監修してやるからなっ!」

「……それはちょっと、遠慮しておくよ」

きらりと前歯を光らせる彼が眩しすぎた俺は、慌ててそっぽを向いた。
でも、そうだな。
まだ全然雨宮さんとデートができるような段階ではない。
そもそも彼女と話ができて嬉しいのは俺だけで、彼女は俺のことなどそれほど意識していないだろうし。
ひとまずは、彼女ともっと仲良くなるところから始めなければ。

目を輝かせて俺たちの今後の展開を心待ちにしている中島の口に運ばれては消えてゆくバー○ロールの残りが一本になっている。そんなことにさえ今の今まで気がつかなかった俺は、きっともうすでに重症だ。