「90分、長かったね」
授業が終わり、皆がカバンに荷物を片付けている中、隣の彼女がそう俺に声をかけてきた。
「そうだな、こんなに長い時間の授業がこれから続くのかぁ」
いくら面白いとはいえ、高校時代の50分の授業すら耐えられずに居眠りしてしまう自分にとって、90分の講義は永遠に続くのではないかと思われるほどの時間だった。
しかしそれ以上に、俺は彼女が自分と同じ感想を抱いたこと、声をかけてくれたことが嬉しくて授業中の眠気が一気に吹き飛んだ。
「あ、そうだ。出席カード出さなくちゃ」
彼女がそう言ってくれたおかげで俺は重要な役割に気がつき、教室に入る前にとっておいた出席カード二枚に、別々の名前を記入した。
「二枚出すの? 誰の分?」
そんな俺の様子を訝しがった彼女は二枚の出席カードを見て言った。
「友達の分なんだ。初日からサボりやがって」
「なるほど。ふふっ。早速、大学生だなあ」
「だろ? 本当にもう、世話が焼けるやつだ」
中島からすれば、「世話が焼ける」のは俺の方かもしれない。けれど、ここにはいない中島をダシに、俺は彼女とこうして普通に会話ができているため、彼にはいささか感謝しなければなるまい。
「そういえば雨宮さんって、何学部なの?」
「社会学部」
「え、本当に?」
「ええ。もしかして、早坂君も?」
「うん、実は」
「それは偶然だね」
「ああ、偶然だ」
偶然、と言いながらカバンを右肩にかけた彼女の顔が、合格発表の日に掲示板の前で苦しそうな表情を浮かべていた彼女とは別人みたいに明るかった。
「同じ学部ならこれから何度も会うと思うし、よろしくね」
「そうだな、よろしく」
「それじゃあ私、次の講義あるから」、と彼女が席を立って行こうとしたとき。
俺は脳内で中島が「今だ!」と威勢の良い声を上げたのを聞いた。
「あ、雨宮さん!」
「なに?」
彼女のくるりと大きな瞳が俺の目を捉え、じっと見つめた。
その目に吸い込まれるように、俺は意を決して大事な一言を放つ。
「連絡先、教えてくれないか」
緊張したし、不安もあった。
もし彼女が「えっと」と少しでも迷ったらどうしよう。携帯持ってないとか、LINEやってないとか言われでもしたら。
「いいよ」
その返事が、まるで天からの声のように聞こえた。
現実は俺が思っているほど、残酷なものではなかったのだ。
「え、いいの?」
「うん。私も大学で友達欲しかったから」
そう言って彼女はカバンからスマホを取り出し、俺とLINEの連絡先を交換してくれた。
「ありがとう」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
「じゃあまたね」と手を振って、彼女は次の講義室へと歩みを進めた。
二限目を空きコマにしていた俺は、緊張と安堵と喜びでしばらくその場から動けないでいたのだった。
授業が終わり、皆がカバンに荷物を片付けている中、隣の彼女がそう俺に声をかけてきた。
「そうだな、こんなに長い時間の授業がこれから続くのかぁ」
いくら面白いとはいえ、高校時代の50分の授業すら耐えられずに居眠りしてしまう自分にとって、90分の講義は永遠に続くのではないかと思われるほどの時間だった。
しかしそれ以上に、俺は彼女が自分と同じ感想を抱いたこと、声をかけてくれたことが嬉しくて授業中の眠気が一気に吹き飛んだ。
「あ、そうだ。出席カード出さなくちゃ」
彼女がそう言ってくれたおかげで俺は重要な役割に気がつき、教室に入る前にとっておいた出席カード二枚に、別々の名前を記入した。
「二枚出すの? 誰の分?」
そんな俺の様子を訝しがった彼女は二枚の出席カードを見て言った。
「友達の分なんだ。初日からサボりやがって」
「なるほど。ふふっ。早速、大学生だなあ」
「だろ? 本当にもう、世話が焼けるやつだ」
中島からすれば、「世話が焼ける」のは俺の方かもしれない。けれど、ここにはいない中島をダシに、俺は彼女とこうして普通に会話ができているため、彼にはいささか感謝しなければなるまい。
「そういえば雨宮さんって、何学部なの?」
「社会学部」
「え、本当に?」
「ええ。もしかして、早坂君も?」
「うん、実は」
「それは偶然だね」
「ああ、偶然だ」
偶然、と言いながらカバンを右肩にかけた彼女の顔が、合格発表の日に掲示板の前で苦しそうな表情を浮かべていた彼女とは別人みたいに明るかった。
「同じ学部ならこれから何度も会うと思うし、よろしくね」
「そうだな、よろしく」
「それじゃあ私、次の講義あるから」、と彼女が席を立って行こうとしたとき。
俺は脳内で中島が「今だ!」と威勢の良い声を上げたのを聞いた。
「あ、雨宮さん!」
「なに?」
彼女のくるりと大きな瞳が俺の目を捉え、じっと見つめた。
その目に吸い込まれるように、俺は意を決して大事な一言を放つ。
「連絡先、教えてくれないか」
緊張したし、不安もあった。
もし彼女が「えっと」と少しでも迷ったらどうしよう。携帯持ってないとか、LINEやってないとか言われでもしたら。
「いいよ」
その返事が、まるで天からの声のように聞こえた。
現実は俺が思っているほど、残酷なものではなかったのだ。
「え、いいの?」
「うん。私も大学で友達欲しかったから」
そう言って彼女はカバンからスマホを取り出し、俺とLINEの連絡先を交換してくれた。
「ありがとう」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
「じゃあまたね」と手を振って、彼女は次の講義室へと歩みを進めた。
二限目を空きコマにしていた俺は、緊張と安堵と喜びでしばらくその場から動けないでいたのだった。