「ばっかお前! なんで連絡先交換しなかったんだよ!」
「んなことできるわけねーだろ!」
「は? なにお前、童貞なの? 女の子との出会いなんて、そう何度もあるもんじゃないんだぞ。チャンスがあるなら恥ずかしがってる場合じゃないだろ。しかもその子、前に見かけたことがあったんだろう? それってめちゃくちゃ良い偶然じゃん。もったいないことしてんの」
「……うるせー」
ぐうの音も出ない中島の正論ぶりに、俺はもはや片腹を突かれて死にそうな武将のようだ。一発で瀕死の状態までならないところがまた嫌な面で、ジリジリと追い詰められるような痛みがたまらなく苦しい。なんてね。
とにかく彼は、出会ったばかりの女の子の連絡先すら聞くことができない、というより、連絡を聞くということに頭が回らない俺のことが許せないらしい。大丈夫だ、分かっている。俺も俺が許せない。彼女に名前を聞いたぐらいで満足して帰ってしまった自分が情けないのだ。大体、「これからよろしく」と言ったわりに、その「これから」はいつどんな形で現れるのだろうか。彼女の連絡先はおろか、学部さえも知らないというのに。
「とにかくだ。次会ったら絶対聞けよ」
聞き分けの悪い子供に念を押すようにビシッと一言放つ中島は、すでに呆れを通り越して俺を応援してくれているようにも見える。
「いや、てかなんでお前がそこまで一生懸命なんだ? 別に俺は、彼女に一目惚れしたっていうわけでもないのに」
「それはさ、こういうことだよ。お前とその子が連絡を取り合う仲になるだろ。でもお前はきっと、急に彼女をデートに誘うことなんてできない。お前はまず俺に援助を求める。おそらく『一緒に彼女と会ってくれないか』ってね。そこからだ。俺は彼女にアプローチできないお前を尻目に、ちゃっかり彼女と仲良くなる——という戦法さ」
……前言撤回。
彼はとてもじゃないが、俺を応援してくれているわけではないらしい。
本当に中島の狡猾さには驚かされる。なんという悪党だ。
「よくもまあ、そこまで妄想できるやつだな……。大体俺が彼女を好きになるかなんて、分からないじゃないか。好きでもないのに女とちまちま連絡とって仲良くなれるほどの体力ねーわ」
「しかしだよ、真名人君。現に君は彼女のことを気に入っているのではないかね?」
何かの推理小説に出てくる探偵みたいな口調で、中島は俺に訊いた。
実はこの手の質問が、俺は一番苦手だった。
何せ俺は、自分に全く嘘をつけない人間なのだ。
自分の心に反した発言はできないし、態度にもすぐに気持ちが表れる。だからこの時も、俺はまんざらでもない表情で首を横に振るなんてことができなかった。
「……まあな。中身はともかく、見た目は」
こんなふうに答えなければならないことがとても悔しかったが、素直な俺は名探偵中島に肯定の意を示すしかなかった。
「ははっ。分かりやすいやつだな、早坂は。その雨宮さんのことは知らんが、お前に協力してやってもいい」
「何だそれ」
あの探偵口調は一度きりものものなのかというツッコミはさておき、なぜか急に上から目線になる中島はたぶん、俺の扱いがよく分かっている。
「俺はお前と違ってちゃんと女の子との経験もあるからな。それなりにアドバイスはしてやれるぞ」
「まあ、それはそうだな」
“ちゃんと女の子との経験もある”という多少気に触る表現は許してやることにする。
ふふん、と鼻を鳴らし得意げな彼を見ていると、こいつはなんて得な性格をしているんだろうとつくづく羨ましく思う。
「よし。そうと決まれば早坂を雨宮さんとくっつけるために全面協力するぞ。ただし」
「ただし?」
「ぱんきょーの出席カード、代わりに出しといてくれ」
「は?」
“ぱんきょー”ってなんだ、という意味でなく、「なんだその条件は」と文句を言いたくて彼を見返した。ちなみに“ぱんきょー”とは「一般教養」の略で、一年生なら誰もが自由に選択して受けられる授業のことだ。俺も早坂も明日からその一般教養の授業に出なければならない。
「だから、早坂の恋に関してアドバイスする代わりに、俺の授業の出席とっといてくれってことだ。授業サボれるうちはサボるのが俺のモットーだからなっ!」
……ああ、本当になんて狡猾なんだ、中島は。
「授業はサボってなんぼ」とは、兄の和人もよく言っていたことだ。確かに俺も時々サボるぐらいはしたいが、どちらかというと授業にはちゃんと出るつもりだったため、彼のその考えをおかしいと思わないわけでもなかった。
ただ、他人がどう生きるかなんて、所詮俺が口出しすることでもない。
だから俺は、彼の突飛な提案にもずるいと思いながら「まあいっか」と割り切ることができた。
何より、俺は彼女と——雨宮瞳美と、お近づきになりたいと思ったのだ。
「んなことできるわけねーだろ!」
「は? なにお前、童貞なの? 女の子との出会いなんて、そう何度もあるもんじゃないんだぞ。チャンスがあるなら恥ずかしがってる場合じゃないだろ。しかもその子、前に見かけたことがあったんだろう? それってめちゃくちゃ良い偶然じゃん。もったいないことしてんの」
「……うるせー」
ぐうの音も出ない中島の正論ぶりに、俺はもはや片腹を突かれて死にそうな武将のようだ。一発で瀕死の状態までならないところがまた嫌な面で、ジリジリと追い詰められるような痛みがたまらなく苦しい。なんてね。
とにかく彼は、出会ったばかりの女の子の連絡先すら聞くことができない、というより、連絡を聞くということに頭が回らない俺のことが許せないらしい。大丈夫だ、分かっている。俺も俺が許せない。彼女に名前を聞いたぐらいで満足して帰ってしまった自分が情けないのだ。大体、「これからよろしく」と言ったわりに、その「これから」はいつどんな形で現れるのだろうか。彼女の連絡先はおろか、学部さえも知らないというのに。
「とにかくだ。次会ったら絶対聞けよ」
聞き分けの悪い子供に念を押すようにビシッと一言放つ中島は、すでに呆れを通り越して俺を応援してくれているようにも見える。
「いや、てかなんでお前がそこまで一生懸命なんだ? 別に俺は、彼女に一目惚れしたっていうわけでもないのに」
「それはさ、こういうことだよ。お前とその子が連絡を取り合う仲になるだろ。でもお前はきっと、急に彼女をデートに誘うことなんてできない。お前はまず俺に援助を求める。おそらく『一緒に彼女と会ってくれないか』ってね。そこからだ。俺は彼女にアプローチできないお前を尻目に、ちゃっかり彼女と仲良くなる——という戦法さ」
……前言撤回。
彼はとてもじゃないが、俺を応援してくれているわけではないらしい。
本当に中島の狡猾さには驚かされる。なんという悪党だ。
「よくもまあ、そこまで妄想できるやつだな……。大体俺が彼女を好きになるかなんて、分からないじゃないか。好きでもないのに女とちまちま連絡とって仲良くなれるほどの体力ねーわ」
「しかしだよ、真名人君。現に君は彼女のことを気に入っているのではないかね?」
何かの推理小説に出てくる探偵みたいな口調で、中島は俺に訊いた。
実はこの手の質問が、俺は一番苦手だった。
何せ俺は、自分に全く嘘をつけない人間なのだ。
自分の心に反した発言はできないし、態度にもすぐに気持ちが表れる。だからこの時も、俺はまんざらでもない表情で首を横に振るなんてことができなかった。
「……まあな。中身はともかく、見た目は」
こんなふうに答えなければならないことがとても悔しかったが、素直な俺は名探偵中島に肯定の意を示すしかなかった。
「ははっ。分かりやすいやつだな、早坂は。その雨宮さんのことは知らんが、お前に協力してやってもいい」
「何だそれ」
あの探偵口調は一度きりものものなのかというツッコミはさておき、なぜか急に上から目線になる中島はたぶん、俺の扱いがよく分かっている。
「俺はお前と違ってちゃんと女の子との経験もあるからな。それなりにアドバイスはしてやれるぞ」
「まあ、それはそうだな」
“ちゃんと女の子との経験もある”という多少気に触る表現は許してやることにする。
ふふん、と鼻を鳴らし得意げな彼を見ていると、こいつはなんて得な性格をしているんだろうとつくづく羨ましく思う。
「よし。そうと決まれば早坂を雨宮さんとくっつけるために全面協力するぞ。ただし」
「ただし?」
「ぱんきょーの出席カード、代わりに出しといてくれ」
「は?」
“ぱんきょー”ってなんだ、という意味でなく、「なんだその条件は」と文句を言いたくて彼を見返した。ちなみに“ぱんきょー”とは「一般教養」の略で、一年生なら誰もが自由に選択して受けられる授業のことだ。俺も早坂も明日からその一般教養の授業に出なければならない。
「だから、早坂の恋に関してアドバイスする代わりに、俺の授業の出席とっといてくれってことだ。授業サボれるうちはサボるのが俺のモットーだからなっ!」
……ああ、本当になんて狡猾なんだ、中島は。
「授業はサボってなんぼ」とは、兄の和人もよく言っていたことだ。確かに俺も時々サボるぐらいはしたいが、どちらかというと授業にはちゃんと出るつもりだったため、彼のその考えをおかしいと思わないわけでもなかった。
ただ、他人がどう生きるかなんて、所詮俺が口出しすることでもない。
だから俺は、彼の突飛な提案にもずるいと思いながら「まあいっか」と割り切ることができた。
何より、俺は彼女と——雨宮瞳美と、お近づきになりたいと思ったのだ。