「絵を描いてると心が落ち着くんだ。次はどんな絵を描こうってわくわくするんだ。とにかく描くことが楽しくてしかたなかった」

 けれど、もう大丈夫。僕には、強い味方が一人いるから。

「でも、親には言えなかった。ずっと医者になれって言われてたから。勉強だけを頑張ればいいって言われてたから。それしか僕に道はないと思ってた」

 僕の人生は産まれたときから決まっているのだと思って疑わなかった。
 〝浜野晴海〟で生きていかなければならないと思っていた。

「それならなぜ今、言うのよ」

 なぜ今……か。

「ある人に僕の絵を褒めてもらったんだ」

 僕の言葉を聞いて「……ある人?」と眉をピクリと動かした。

 水帆と指切りをしてきた。
たくさん背中を押してもらった。

「僕の絵を見て救われたって、光が見つかったって。そう言われたんだ」

 だから、今度は僕が頑張る番なんだ。

「自分は、ただ描くのが楽しくて描いてただけなのに絵は誰かを救うこともあるんだなぁって……」

 親に黙って学校を休んで美術大学に見学行ったとき、先生から言われた言葉が強烈に、今でも僕の心に残っていた。

「絵を描いてみてやっぱり思ったんだ。諦めたくないって、まだ描き続けたいって、その思いが強くなったんだ。だからーー」

「だから絵を描かせてくれって?」

 僕より先に言葉が落ちた。

「絵は描くけど医者にはならない? だから進路も変えさせてくれ?」

 僕に答える暇を与えてくれない母さんは、怒りに満ちたいるような声色で。

「冗談じゃないわ」

「……え」
「あなたは医者になるの。医者になるために産まれてきたの。今勉強だってしてるじゃない。それなのに今までの時間を全部無駄にするつもり?」
「いや、だから、無駄ってわけじゃ…」

 母さんはすぐ無駄って言葉を使う。それはもう口癖のように。

「絵を描いたって何のためにもならないじゃない。売れなければお金にならないのよ。生活していけないのよ。あなたそれ分かってるの?」
「それはやってみないと分からないし…」
「分かるわよ! あなたは私たちの子なの。絵の才能なんてあるわけないじゃない」
「さ、才能なんて勉強していくうちに現れるんだから!」