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 スマホに両親からメッセージが届いた。内容は、【今日なら早く帰れます】とのこと。
 数日前に僕が話がある、と説明したからだろう。

 僕は固唾を飲んで、分かった、とだけ文字を打ち込んだ。

 そのことを水帆に伝えると、あの場所で待ってる、と言われた。

 そしてその日の夜。

「それで話って何かしら」

 リビングの椅子が三つ埋まるなんて、いつ振りだろう。僕はそんなことをふと思った。

「ああ、うん。えっと……」

 母さんの圧が強すぎて僕は言葉を一瞬躊躇ってしまう。

「僕の、進路のこと…なんだけど」

 気を取り直して言葉を続けると、進路、という言葉に反応した母さんの表情はすぐに変わった。

「進路がどうしたの」

 と、まくし立ててくる。

 落ち着け、僕。大丈夫だ。焦るな。言葉を一つずつ紡いでいけばいいだけだ。すーはーと深呼吸をしてから。

「実は僕、行きたい大学があるんだ」

 二つの視線が僕へと注がれる。

「どういうこと? 行きたい大学? それってほかにやりたいことがあるからってことなの?」

 母さんは僕に問いただす。まるで警察官の取り調べのようだ。

「うん、やりたいことがある」

 何十回も頭の中でシュミレーションをしてきた僕は、用意していた言葉を綴った。

 今までの僕なら親の話に意見せず、ただ言われたことだけに素直に従って親の機嫌を損ねないように細心の注意を払ってきた。

 そもそもそれがいけなかったことで。

 要は、話の主導権を相手に握らせないこと。それが最も重要で、それを奪われてしまったら今までのように僕は丸め込まれてしまうだろう。

「僕、絵を描くのが好きなんだ」

 ーーさあ、ここからが始まりだ。
   僕の心は、スタートを切った。

「なんですって。絵……?」

 母さんは、僕の言葉にご乱心のようで。

「ずっと今まで言えなかったんだけど……」

 顔を見るのが怖くて、僕はわずかに目線を下げる。

「僕、小学生の頃から絵を描くのが好きだったんだ。中学のときもコンクールに出したこともあったし、賞をもらったこともあった」

 今までは言えなかった。怖くて。