「それってもしかして……」
「うん、ハルに一度見られたことあったでしょ。ピアノ弾くの練習してたんだけどね、やっぱりまだ怖いんだ。人前で弾くのが」

 まさかそんなことが隠されていたなんて、あの日の僕は思いもしなかった。
 ただ音色を奏でる人がどんな人なのか見たい。欲望のそのままにドアを覗いた。

「あんなに好きだったピアノが怖くなった。ただ、弾くことが楽しかっただけなのに」
「水帆……」
「好きと嫌いは紙一重なのかもしれない」

 だからね、と続けると、

「そんな思い、ハルにだけはしてほしくないの。こんなに素敵な絵を描けるんだもん。それを手放さないでほしい。諦めないでほしい。絶対に私みたいにならないでほしいの……!」

 そう言って、僕の絵が映っている写真をぎゅっと大事そうに握りしめた。

 僕は、水帆、と名前を呼んだ。
 そうしたら顔をあげて泣きそう顔で僕を見つめるから、僕も泣いてしまいそうだった。

 きっとつらかったよね。苦しかったよね。たくさん悩んだよね。ーーけれど、どの言葉も上っ面だけのものに聞こえてならなくて僕は全部の言葉を飲み込んだ。

 その代わりに。

「僕のためにつらい過去を話してくれてありがとう」

 そう言うと、くしゃっと顔を歪めて涙をこぼした水帆。

「水帆のつらい過去を僕に分けてくれてありがとう」

 涙は、次々と溢れてくる。
まるで壊れた蛇口のように止まることは不可能で。

 だからきみのためにも僕は誓おう。

「僕、頑張るから!」

 絵を褒めてくれる水帆のためにも。

「絶対に諦めたくないから、約束する」
「……約束?」

「絶対、負けないって」

 医者になれと言う親なんかに、僕の進路を決められてたまるかっ!

「じゃあ、約束」

 おもむろに水帆が涙を拭いながら、僕に手を差し出した。
 薬指だけをピンとたてて。

 その意味が分かった僕も薬指を彼女のそれに絡めると、どちらかともなく歌を口ずさむ。

「ハル、負けないでね」

 世界中の人々が敵に回ったとしても、たった一人味方がいるだけで僕は無敵になった気分になる。

「うん、当然!」

 授業をサボって屋上で決意表明をした僕は、水帆と指切りを交わしたんだーー。