僕が焦ってどうするんだ。こういうときは聞く側こそが落ち着いていなければならないんだ。すーはーと深呼吸をして心を落ち着かせた。
しばらくすると、あのね、とおもむろに彼女が口を開く。
小さくどきっと緊張を走らせていると、
「ハルに聞いてほしいの……」
いつも明るかった水帆の表情が少しだけ強張ったのを、僕は見逃さなかった。
「……うん」
だから、僕は頷いた。
水帆を受け止めてあげるために。
「私が聖女学園から転入試験受けてこの学校に入学したっていうのは、さっき聞いた…よね?」
「うん」
「聖女学園って小中高一環のエスカレーター式なんだけど……」
ああじゃあやっぱり、元々は聖女学園にいたんだ。
「どうしてもこの学校に来たかったんだ」
それはつまり、エスカレーター式の学園を辞めてでも、ということになる。
「どうしても……?」
「うん」
頷いたあと、ゆっくりと深呼吸をしてから、私ね、と言葉を紡いだ。
「ピアノを弾いてたの、二年前まで。小さな頃からピアノを弾くのが大好きで毎日毎日弾いてたの。小学三年生の頃に初めて出たコンクールで一位になったことがあって」
そのときの彼女は、あの頃の記憶を手繰り寄せているかのようにそれはもう嬉しそうに話をしてくれた。
「そうなの? すごいじゃん!」
「うん、そんなふうにお母さんも喜んでくれたんだよね」
「そりゃあ喜ぶでしょ! だってほんとにすごいんだし」
興奮する僕を見ておかしそうに笑ったあと、
「お母さんが〝すごいわね、頑張ったね〟って褒めてくれたの。私、お母さんにそう言ってもらうのが嬉しかったんだ」
懐かしむように口元を緩める水帆。
そりゃあ、一位取ったらすごいって誰もが思うよね。
「そしたらどんどん難しい曲を弾けるようになって、何度も何度も一位を取るようになったの。お母さんは何度も褒めてくれて、そのたびに私嬉しかった」
そこまで言ったあと表情は一変して、「でもね」と言いかけて口を閉じる。軽く下唇を噛んでいるようだった。
「でもね……お母さん、段々と褒めることが減ったの。その代わりに厳しくなってきたんだ」
その唇は、わずかに震えているようだった。