◇

「僕、これで授業サボったの二度目だなぁ」

 呑気にジュースを飲みながら呟いた今、休み時間でもなんでもなく授業真っ只中だ。
 つい一分ほど前にチャイムが鳴るのをこの屋上で見届けたばかりだ。

「前回は学校休んで美術大学に行ったんだったよね。あの日の水帆、ほんとにたくましかったなぁ」

 さっきから水帆は黙ったまま一言も話そうとしない。
 代わりに僕がべらべらとしゃべっていると、

「ハル、何も聞かないの?」

 左側からポツリと声が漏れる。
 隣へ視線を向ければ、いつもより小さくなって丸まっている水帆がいた。

 彼女の言う〝何も〟は、多分恐らくさっきのことだろう。

「じゃあ聞いてほしいの?」
「えっ、それは……」

 僕は、知っている。
 心に秘めているものを人が無理矢理聞き出すことがどれだけ相手にダメージを与えるのかということを。

 だから僕は、

「聞かないよ。僕からは」

 そんなことできないから。

「水帆が話してくれるまで、水帆が心の準備ができるまで僕、待つから」

 きっとそれが今、僕にできる最大限の優しさだ。

 水帆が僕を救ってくれた。支えてくれた。
だったら今度は僕が彼女をーー水帆を救う番だ。

「ハル、優しいね……」

 ふいにポツリと声を漏らす。その声は、今にも泣き出しそうな声で。

 僕は焦った。慌てた。そのせいで正常な判断がつかなくて、

「これ飲む?! すっごくおいしいんだけど」

 片手に持っていた飲みかけのジュースを手向けるけれど、

「あっ、ダメだ! これ僕がさっき飲んだやつなんだ! えっと、どうしよう……」

 こういうときの対処法なんて僕は知らなくて、あたふたした。

 えーっとえーっと、考えろ! 考えるんだ! どうするのが一番いいのか……

「あっ、そうだ! ジュース! 落ち着くためにジュース買って来るよ!」

 立ち上がった瞬間。

「ーー待って、行かないで」
「……え?」
「私、さっき飲み物買ったから」
「あ、ああっ、そっか!」

 手繰り寄せられるように頭に浮かんだ記憶と共に、水帆の左側に置いてあった小さな紙パックが視界に映り込んで、また座り直す。