◇
「見学してみてどうだった?」
帰り道、ふいにそんなことを尋ねられる。
「僕……」
言ってもいいのだろうか。しばらく迷った。
今までずっと我慢してきた。親に何を言われても、理不尽なことが起こっても僕は感情をあらわにして怒ったことなんか一度もなかった。
忘れようと、見て見ぬフリをしようと、心の奥底に閉まってた。
でも、もうそれは無理だった。
「ーーやっぱり、絵を描くのが好きだって思った」
こぼれ落ちた言葉は、僕の本心だった。
「僕、絵を描くことを諦めたくない」
先生の言葉を聞いて身に沁みて感じた。
「そっか」
まだ諦めるのは早いんじゃないかと思った。
だって僕は、両親に伝えたことがなかった。一度だって。
どうせ無理だと思った。言ったって無駄だと思って諦めた。
けれど、それが元々の間違いだった。
僕自身が初めから諦めてどうするんだ。
〝失敗してもいいからがむしゃらに明日を描け〟
歌詞にもあったじゃないか。
だったらーー。
「僕は、美術大学に行きたい。進学して絵を学びたい」
どうしても諦めたくない。
例えどんな困難が待ち受けていようとも。
「ハルの人生はハルのもの。
ーーだから頑張れ、ハル」
夕暮れの空は、オレンジ色に染まっていて。青との境い目がほどよく調和していた。
あれほど僕の世界には灰色しかなかったのに。
初めて、色が見えたと思った。
「ここまでついて来てくれてありがとう、水帆」
彼女のおかげで僕の世界は、照らされた。
けれど彼女は、ううん、と首を振ったあと、
「そんなことないよ。ハルが一歩踏み出したおかげ」
そう言って笑ったのだった。