◇

「すみません、見学に来たものですけど」

 どこに声をかければいいか迷っていた僕の代わりに水帆が受付に訪ねていた。

「ああはい、見学ですね。二名様ですか?」
「はい、そうです」
「それじゃあこちらに記入お願いします」

 手渡された名簿の記入欄には、フルネームや年齢を書くところがあって僕はぞっとした。
 だが、ボールペンを手に取った水帆の横顔は堂々としていて。

「はい、ありがとうございます。では、こちらの見学用名札をおつけください」

 首からぶら下げる名札を受け取ると、ここを真っ直ぐ行ったところに教室があるのでそこでこれを見せてください、と教えられ、受付の人に頭を下げてその場を離れた水帆。
 そのあとを僕は黙ってついて行った。

「ねえっ、水帆…!」

 彼女を小声で引き止める。

「なんでさっきあんな嘘書いたの!」

 手渡された来場者用の記入欄に彼女はなんの躊躇いもなく、〝十九歳〟と書いたのだ。

「僕たちが高校生だってバレたらどうするの!?」
「バレないと思うけど」
「いや、でもさぁ……!」

 彼女はキョトンとした顔を浮かべたあと、だって、と言うと、

「正直に十七歳って書いたら高校生だとバレちゃうでしょ。そしたら高校名だって書かないといけなくなっちゃってたし。そしたら見学にだって入らなくなってたし」
「それはそうかもしれないけど……」
「そしたら先生や親に連絡されちゃってたかもしれないよ? それでもよかったの?」

「……それは、嫌だけど……」
「でしょ」

 まるで僕がそう答えることを予測してたかのように答えたあとニコッと笑った。

 そして、

「それにバレなきゃセーフだから」

 そう告げると、教えられた道を進む水帆。

「セーフって……」

 ほんっと、水帆ってばすごい。
僕なんかよりうんと前向きだ。

 嘘を書くのはいけないと注意するのに、このことが親に知られるのは嫌だという矛盾した心を、まるで初めから水帆に見透かされていたような気がしてならなかった。